二人の学校は共に駅から坂を登ったところにある。長男と長女の二人の今春
に入学が決まった大学だ。お陰様で二人とも第一志望の大学に決まった。親
の立場から言えば本当にホッとしている。上の男の子は1年の傘張り生活(浪
人)を過ごし、下の女の子(長女)は現役で合格した。長女の方は浪人をす
ることは避けたかったので、大学の難しさは長男には及ばないけれど、めで
たく満足する学校に入学がきまった。
この受験に家内は毎日、家の前にあるお地蔵さんに手を合わせて祈ってい
た。我が家の前にはお地蔵さんがいる。正式には家の敷地内の一角にお地蔵
さんがいる。土地の関係から言えば、私たちがお地蔵さんに家の土地の一角
を貸して上げているということになる。家内はこのお地蔵さんに毎日手を合
わせながら子供たちの合格を祈っていた。ただ、手を合わせて祈願するだけ
ではお地蔵さんには申し訳ないので、手を合わせる際にはちょっとした供え
物をしていた。私の好物のおまんじゅうや子供たちが好きなお菓子を添えた
りしていた。
まあほとんどが和菓子なのだが、お酒を飲まない家内は和菓子と一緒にお酒、
日本酒や中にはワインなどもたまに供えていた。このお地蔵さんには簡単だ
が扉を付けてある。お供えをした時にはゆっくりとお地蔵さんがお供えを楽
しめるように家内は必ず扉をしめるそうだ。お地蔵さんは静かに誰にも邪魔
されずに美味しく供え物を食するはずなのだが、なんとこの扉を開けてお
地蔵さんに供えてあるおまんじゅうを盗む不届きものがいるのだ。お供えが
無くなっている、と家内から初めて聞いたのは半年以上前になるだろうか。
ちょっと高めの和菓子(といっても一個200円もしない)を買ってきて、お供
えをしてそれから家族で食べようとしていたのが、扉をあけると和菓子がない
のだ。お菓子を載せた小さな盆だけ残っていて、和菓子だけがない。お地蔵さ
んに供えたものだから盗まれても犯人を探すことなどせずに鷹揚にいた。あ
る時、お酒を一緒に供えた。するとお酒だけが残っている。お酒は盗ってい
かないのだから子供が和菓子を取って行っているかもしれないし、甘党の大
人が盗っていっているかもしれない。家内とは、お地蔵さんに供えているの
だから、きっとお地蔵さんが食べたんだろうと、話しているが。子供たちの
受験合格を果たしてくれたお地蔵さんである。美味しい和菓子を食してくれ
て嬉しい気分になってくれたらそれはそれで私たちも嬉しいことである。私
は願っていることがある。お地蔵さんのお菓子を盗んでいく人と出くわさな
いように、と。家内はまたお地蔵さんに美味しい和菓子を供えるだろう。和
菓子が無くなっていればきっとお地蔵さんが食しているのだ。和菓子と日本
酒を一緒に供えるこちらが野暮かもしれない。
今日も家内はお地蔵さんに美味しそうな和菓子を供えるだろう。お地蔵さん
の口にあうことを私は疑っていない。
2012年03月22日
2012年03月11日
ブランド
知っているようで、知らない。解ったようで解らない。このような言葉が世の中で
あふれている。なぜ人は生き続けなければいけないのか、教育とは何か、民主主
義とは何か・・・枚挙に暇がない。これらの言葉で埋もれて窒息しそうだ。この状況
を生きながらえるにはこれらを忘れてしまうか、常に聞き流すしかない。だから誰
もがあやふやで、説明を聞いても話してくれる人によって理解が違う。だからなお
さらに悩ましい。
物が売れない時代と言われて、またそうだと実感する。このような時代に物を売
る安易な方法は値段を安くする方法だ。値段を安くして品質が従来と同じであれば、
製造者は赤字となるので、品質を下げることになる。品質が下がった安いもので消
費者は満足している。消費者が安いものを購入し続ければ企業の売り上げは伸び
ない。売り上げは減少してしまう。そして雇用者の報酬が減り、さらに安いものを購
入するようになる。これがデフレのサイクルだ。ここで企業は売り上げの減少を何
とか抑えようと手段を考える。その一つがブランドというものだ。この言葉最近頻
繁にあちらこちらで耳にするが、この言葉、解ったようで解らない。一部の人はブ
ランドというものをネーミングと認識している。これはきっと間違いだろう。ある
人は品質、対価以上に与えられる満足感という。私はこれに幾分か賛成する。別
の人はブランドとは、製造者と消費者との間に交わされる約束事だともいう。私
はこれにも与する。これらから思えるのはブランドとはソフトであり、精神的な側
面を帯びたものだと言えることだ。言い換えれば、ブランドとは決して品物のスペ
ックで表せるものではないということだ。この精神的な側面が人々が品物を購入す
る大きな制約になっているのではないか。
このブランドが正しく働けば売り上げの拡大に大きく貢献するのだが、マイナス
に働けばそれは売り上げの拡大に大きく貢献するパワーを持って売り上げの減少
に貢献する。それが‘フクシマ’というブランドだ。
福島産がうれない。震災が起きてから1年。ほぼ同時に放射能の被害が始まっ
た。放射能の被害はフクシマ全域にあるわけではない。放射能の被害は福島第一
原発の周辺、もしくは放射能が広がっている地域のみだ。それなのに全体として
のフクシマ産が市場から、消費者から締め出されている。ここに支えあう絆があ
るのかどうかは私にはわからないが。
政府は放射能が危険レベルには帯びていないと躍起になって告知しているが、
スペックではブランドは何ら影響を受けない。放射能線量が低いとスペックで
いくら訴えていても‘フクシマ’ブランドのマイナスはびくともしないのだ。
ではどうするか。一つは、フクシマ産は美味しい、とスペックに訴えない事実
のメッセージを送り続けることだろう。これを人海的にやるしかない。直接の
メッセージでしか、マイナスのブランドイメージを払しょくできる手立てはな
いだろう。もうひとつマイナスのブランド力が働くモノがある。‘東京電力’と
いうブランドである。ブランドを構築するのは計り知れないほどの経営資源を必
要とするが、崩壊するのはスノーブランドを思い出してもたやすく一瞬である。
ブランドとはこれほどに危うい。だからなおさら魅力的なものと考えられるの
ではないか。
あふれている。なぜ人は生き続けなければいけないのか、教育とは何か、民主主
義とは何か・・・枚挙に暇がない。これらの言葉で埋もれて窒息しそうだ。この状況
を生きながらえるにはこれらを忘れてしまうか、常に聞き流すしかない。だから誰
もがあやふやで、説明を聞いても話してくれる人によって理解が違う。だからなお
さらに悩ましい。
物が売れない時代と言われて、またそうだと実感する。このような時代に物を売
る安易な方法は値段を安くする方法だ。値段を安くして品質が従来と同じであれば、
製造者は赤字となるので、品質を下げることになる。品質が下がった安いもので消
費者は満足している。消費者が安いものを購入し続ければ企業の売り上げは伸び
ない。売り上げは減少してしまう。そして雇用者の報酬が減り、さらに安いものを購
入するようになる。これがデフレのサイクルだ。ここで企業は売り上げの減少を何
とか抑えようと手段を考える。その一つがブランドというものだ。この言葉最近頻
繁にあちらこちらで耳にするが、この言葉、解ったようで解らない。一部の人はブ
ランドというものをネーミングと認識している。これはきっと間違いだろう。ある
人は品質、対価以上に与えられる満足感という。私はこれに幾分か賛成する。別
の人はブランドとは、製造者と消費者との間に交わされる約束事だともいう。私
はこれにも与する。これらから思えるのはブランドとはソフトであり、精神的な側
面を帯びたものだと言えることだ。言い換えれば、ブランドとは決して品物のスペ
ックで表せるものではないということだ。この精神的な側面が人々が品物を購入す
る大きな制約になっているのではないか。
このブランドが正しく働けば売り上げの拡大に大きく貢献するのだが、マイナス
に働けばそれは売り上げの拡大に大きく貢献するパワーを持って売り上げの減少
に貢献する。それが‘フクシマ’というブランドだ。
福島産がうれない。震災が起きてから1年。ほぼ同時に放射能の被害が始まっ
た。放射能の被害はフクシマ全域にあるわけではない。放射能の被害は福島第一
原発の周辺、もしくは放射能が広がっている地域のみだ。それなのに全体として
のフクシマ産が市場から、消費者から締め出されている。ここに支えあう絆があ
るのかどうかは私にはわからないが。
政府は放射能が危険レベルには帯びていないと躍起になって告知しているが、
スペックではブランドは何ら影響を受けない。放射能線量が低いとスペックで
いくら訴えていても‘フクシマ’ブランドのマイナスはびくともしないのだ。
ではどうするか。一つは、フクシマ産は美味しい、とスペックに訴えない事実
のメッセージを送り続けることだろう。これを人海的にやるしかない。直接の
メッセージでしか、マイナスのブランドイメージを払しょくできる手立てはな
いだろう。もうひとつマイナスのブランド力が働くモノがある。‘東京電力’と
いうブランドである。ブランドを構築するのは計り知れないほどの経営資源を必
要とするが、崩壊するのはスノーブランドを思い出してもたやすく一瞬である。
ブランドとはこれほどに危うい。だからなおさら魅力的なものと考えられるの
ではないか。
2012年03月08日
忘れない、忘れたい。
今日は3月9日。‘その日’まではまだ2日あるのに世間は1年前の‘その日’を
検証するのに忙しい。1年前の3月アタマは、長男が高校3年生で大学受験に突
入した時期だ。現役生の彼は、少々鼻が高く、世間知らずで受験のちょっとし
た厳しさを知らずに何校かの試験を受けた。世間は良く言ったもので、強い相
手や見知らぬ相手との戦いには謙虚になることが必要である、との教えがあっ
たが、幼い彼にはそんなことはとんとお構いなし。どこ吹く風だった。案の定
受けた学校全てに点数が足らず、多少は失意をしたのだろう、浪人生活に突入
した。ほぼ時期を一にして、東日本大震災が起きた。その後の状況はマスコミ
で伝えられているとおり。復興は一向に進まず、復興を一番に進めるべき復興
庁が復興の最大の障害になっているという報道もあるぐらい。街を再建しよう
にも決められた規制が何重にもありそれをクリアしないと何事も動かないとい
うめでたさを露呈している。
あれから1年。長男は浪人の末第一志望の学校に合格できた。付録といっては
失礼だが、続く長女(長男と長女は年子である。1年上の長男だが浪人したお
かげで大学では同級生になった)も結果的に第一志望の学校に受かり二人とも
晴れて憧れの学校の大学生になった。この大学受験のことは二人とも決して忘
れないだろう。
ところで、震災のことである。先にも書いたがその日の1周年を前に様々な
報道が思い出したように行われている。共通しているのは‘忘れない’だ。こ
の‘忘れない’、一体誰が何を忘れないのだろうか?被災を受けた当事者な
のだろうか?それとも被災地に旅人のように自分の都合だけで救済支援する
人々なのだろうか?被災を受けた当事者は一時も速くその瞬間や出来事を忘
れたいと思っているのではないのだろうか?忘れたいと思っているのに忘れ
られないから、余計に忘れたいと思っているのではないか。忘れたいと思っ
ている人々に周囲の人間は‘忘れない’を賑やかに伝える。テレビのニュー
ス番組や報道番組、新聞や雑誌は‘忘れない’を思い出させて、視聴率を稼
ぎ、部数を増やしている。
以前に犯罪報道の犯罪が一時議論されていたが、その日を前にこの国は、震
災報道の大災害をまた生んでいるのではないか、と。絆というのもなんだか
怪しげだと以前から感じていた。怪しげだというのは偽善の空気がそこに含
まれているように感じるからだが。これは私の偏見かもしれない。ただ災害
や人々の悲劇にまつわる偽善は、古今東西見渡せば数限りなく存在する。歴史
が証明している。絆と言う一方で被災地にあるガレキや土壌の受け入れ処理
でもめている。こちらの岸にいる人々は、対岸の火事の火の粉がこちらの岸
に到達しないことを確認して、消化活動に出向く。視聴率を稼ぎ、部数販売
を増やす。その波に乗って‘忘れない’活動を煽る善意を売る一部の人々。
災害は一瞬でも早く忘れてあげたら良いのでは、と私は思っている。ただし、
これこそ忘れてはいけないのは、悲しみを受けた人々の話には絶対に耳を傾
けるべきだ、ということだ。
浪人で過ごした1年、きっと彼は忘れないだろう。この1年が彼を大きく成長
させたのは間違いない。
検証するのに忙しい。1年前の3月アタマは、長男が高校3年生で大学受験に突
入した時期だ。現役生の彼は、少々鼻が高く、世間知らずで受験のちょっとし
た厳しさを知らずに何校かの試験を受けた。世間は良く言ったもので、強い相
手や見知らぬ相手との戦いには謙虚になることが必要である、との教えがあっ
たが、幼い彼にはそんなことはとんとお構いなし。どこ吹く風だった。案の定
受けた学校全てに点数が足らず、多少は失意をしたのだろう、浪人生活に突入
した。ほぼ時期を一にして、東日本大震災が起きた。その後の状況はマスコミ
で伝えられているとおり。復興は一向に進まず、復興を一番に進めるべき復興
庁が復興の最大の障害になっているという報道もあるぐらい。街を再建しよう
にも決められた規制が何重にもありそれをクリアしないと何事も動かないとい
うめでたさを露呈している。
あれから1年。長男は浪人の末第一志望の学校に合格できた。付録といっては
失礼だが、続く長女(長男と長女は年子である。1年上の長男だが浪人したお
かげで大学では同級生になった)も結果的に第一志望の学校に受かり二人とも
晴れて憧れの学校の大学生になった。この大学受験のことは二人とも決して忘
れないだろう。
ところで、震災のことである。先にも書いたがその日の1周年を前に様々な
報道が思い出したように行われている。共通しているのは‘忘れない’だ。こ
の‘忘れない’、一体誰が何を忘れないのだろうか?被災を受けた当事者な
のだろうか?それとも被災地に旅人のように自分の都合だけで救済支援する
人々なのだろうか?被災を受けた当事者は一時も速くその瞬間や出来事を忘
れたいと思っているのではないのだろうか?忘れたいと思っているのに忘れ
られないから、余計に忘れたいと思っているのではないか。忘れたいと思っ
ている人々に周囲の人間は‘忘れない’を賑やかに伝える。テレビのニュー
ス番組や報道番組、新聞や雑誌は‘忘れない’を思い出させて、視聴率を稼
ぎ、部数を増やしている。
以前に犯罪報道の犯罪が一時議論されていたが、その日を前にこの国は、震
災報道の大災害をまた生んでいるのではないか、と。絆というのもなんだか
怪しげだと以前から感じていた。怪しげだというのは偽善の空気がそこに含
まれているように感じるからだが。これは私の偏見かもしれない。ただ災害
や人々の悲劇にまつわる偽善は、古今東西見渡せば数限りなく存在する。歴史
が証明している。絆と言う一方で被災地にあるガレキや土壌の受け入れ処理
でもめている。こちらの岸にいる人々は、対岸の火事の火の粉がこちらの岸
に到達しないことを確認して、消化活動に出向く。視聴率を稼ぎ、部数販売
を増やす。その波に乗って‘忘れない’活動を煽る善意を売る一部の人々。
災害は一瞬でも早く忘れてあげたら良いのでは、と私は思っている。ただし、
これこそ忘れてはいけないのは、悲しみを受けた人々の話には絶対に耳を傾
けるべきだ、ということだ。
浪人で過ごした1年、きっと彼は忘れないだろう。この1年が彼を大きく成長
させたのは間違いない。
2012年03月07日
みかんは腐るか。
みかんと言えば冬の食べ物というのが定番であった。みかんをよく食べると
風邪を引きにくいということを聞いたことがある。これは確からしい。みか
んの中にあるビタミンが体の抗菌作用を促進するらしい。しかし、風邪を引
いてしまったらみかんを食べるのは良くない。みかんが体の体温を下げるら
しいのだ。これらは聞いた話なので科学的にはどうかわからない。世間を席
巻したドラマの一つに腐ったみかんが広がるというのがあった。みかんはダ
ンボール箱で売買されることが多かった。それだけ冬の家庭ではみかんが定
番化していて、こたつのテーブルの上には必ずと言っていいほどみかんがあ
った。なので、少しずつ購入するのが面倒なので箱ごとみかんを買う人が多
かった。その箱の中で一つみかんが腐ると箱の中の他のみかんも腐り始める
というものだ。このドラマは中学生を舞台にしたもので、青空の下で繰り広
げられる青春ドラマとおもいきや、教室の蛍光灯の下で展開される世相を反
映した社会問題ドラマという趣でもあった。このドラマでの理想教師が余り
にも理想なので、このドラマがその後の学校問題を生み出したという意見も
あるぐらいだ。じゃあ腐ったみかんはどうなるのかと言えば、廃棄されずに
そのまま箱のなかにある。ドラマでは腐ったみかんなど子供の中ではありえ
ない、という筋書きだったが。現実社会では趣が違うところがある。腐ったみ
かんはそのままで、みかんが腐るのは、箱が悪いというので従来の箱を潰
して腐ったみかんを他の箱にうつすという作業が行われた。従来の箱(社会
保険庁)は潰れたが腐ったみかんは他の箱(AIJや他の組織)に移された。
移された腐ったみかんはどうなったか。腐ったみかんは存分に力を発揮して、
みかんを食べた連中を壊して行ったのだ。年金が雲と消えたのである。他の
箱に移った行動を天下りと世間では呼ぶ。腐りかけのみかんは中学生だった
が40才、50才にもなった大人はどうか。
腐ったみかんの候補、そのニ.公務員労働組合の政治活動。公務員が政治
活動を行うことは法で禁止されている。禁止されている行為を調査する行為
を、法を犯した連中が差止めようとしている。この労働組合組織は自分たち
が政治活動を行なって推薦していた候補が負けてしまった。負けた相手が自
分たちの組織のトップにいる。そのトップが、禁止されている政治活動を行
なった連中を明らかにしようとしているのだ。腐ったみかんは公務員の政治
活動である。明らかに違法だ。腐ったみかんからなる組織は腐った組織にな
る。違法行為を行なったものは一刻も早く明らかにされるべきで、同時に罰
を受けるべきであり、そのような組織は解散(廃棄)すべきだ。
風邪を引きにくいということを聞いたことがある。これは確からしい。みか
んの中にあるビタミンが体の抗菌作用を促進するらしい。しかし、風邪を引
いてしまったらみかんを食べるのは良くない。みかんが体の体温を下げるら
しいのだ。これらは聞いた話なので科学的にはどうかわからない。世間を席
巻したドラマの一つに腐ったみかんが広がるというのがあった。みかんはダ
ンボール箱で売買されることが多かった。それだけ冬の家庭ではみかんが定
番化していて、こたつのテーブルの上には必ずと言っていいほどみかんがあ
った。なので、少しずつ購入するのが面倒なので箱ごとみかんを買う人が多
かった。その箱の中で一つみかんが腐ると箱の中の他のみかんも腐り始める
というものだ。このドラマは中学生を舞台にしたもので、青空の下で繰り広
げられる青春ドラマとおもいきや、教室の蛍光灯の下で展開される世相を反
映した社会問題ドラマという趣でもあった。このドラマでの理想教師が余り
にも理想なので、このドラマがその後の学校問題を生み出したという意見も
あるぐらいだ。じゃあ腐ったみかんはどうなるのかと言えば、廃棄されずに
そのまま箱のなかにある。ドラマでは腐ったみかんなど子供の中ではありえ
ない、という筋書きだったが。現実社会では趣が違うところがある。腐ったみ
かんはそのままで、みかんが腐るのは、箱が悪いというので従来の箱を潰
して腐ったみかんを他の箱にうつすという作業が行われた。従来の箱(社会
保険庁)は潰れたが腐ったみかんは他の箱(AIJや他の組織)に移された。
移された腐ったみかんはどうなったか。腐ったみかんは存分に力を発揮して、
みかんを食べた連中を壊して行ったのだ。年金が雲と消えたのである。他の
箱に移った行動を天下りと世間では呼ぶ。腐りかけのみかんは中学生だった
が40才、50才にもなった大人はどうか。
腐ったみかんの候補、そのニ.公務員労働組合の政治活動。公務員が政治
活動を行うことは法で禁止されている。禁止されている行為を調査する行為
を、法を犯した連中が差止めようとしている。この労働組合組織は自分たち
が政治活動を行なって推薦していた候補が負けてしまった。負けた相手が自
分たちの組織のトップにいる。そのトップが、禁止されている政治活動を行
なった連中を明らかにしようとしているのだ。腐ったみかんは公務員の政治
活動である。明らかに違法だ。腐ったみかんからなる組織は腐った組織にな
る。違法行為を行なったものは一刻も早く明らかにされるべきで、同時に罰
を受けるべきであり、そのような組織は解散(廃棄)すべきだ。
2012年02月29日
鳥か獣か
「このコウモリ野郎!」ということばをごくごく本当に偶に耳にする。決し
て褒め言葉ではないこの言葉。場合によって考えや言動をころころと自分に
都合良く変える輩のことを指す。コウモリは獣(卵で子供を生まない)の中
で空を飛ぶので鳥のようでもある。獣であって他の類に似ているのは鯨も同
じだ。魚のように泳ぐけれど地球上最大の哺乳類(獣)である。コウモリや
クジラにとってはなんであろうと他者から言われる筋合いはないのだが、コ
ウモリに至っては貶し言葉で人々の間で使われる。このクジラ野郎!と言わ
れても言われる方はきっと貶されているとは思わないだろう。クジラは自然
保護のシンボルのように扱われることがあり、癒やしのカテゴリーにも属し
ているような、いないような。(これは悠然と泳ぐ様がゆっくり感を連想さ
せ癒やしにつながるのだろう)だとするとコウモリだけが虐められているよ
うな印象がある。これはきっと吸血コウモリもいるということで昔からおどろ
おどろしいところがあるので忌み嫌われているのかもしれない。
ドラキュラ伯爵も美人だけを生贄にしていたように思う。
果てさて、バスの運転手か公務員か。橋本大阪市長が大阪市交通局にバス
の運転手の年収の引き下げを行おうとしている。交通局のバス(市バス)の
運転手の平均年収は約800万円弱。民間のバス会社の平均年収は約550万。
ざっと3、40%高い。市バスの運転手は大阪市交通局の職員だから公務員で
ある。なので,仕事はバスの運転手で年収は大阪市の公務員と同じ、という
ことになる。これは変なことだろうか?この論理で言えば大阪市の公務員で
あれば花壇に水を撒いているだけの仕事の人でも大阪市の厚遇の年収をもら
える。花に水を撒くだけである。この場合きっとこれは当然だ、という人も
出てくるだろう。ただ、当然という人は大阪市の公務員の関係者にきっと限
定されるのではないか。年収(報酬)は労働・役務に対して支払われるのが
筋で、身分の属性に支払われることはあってはならない。これが世間・全世
界の常識である。橋本氏の改革で大阪市全体が庶民の感覚に近づき、市民
の人々から好かれるようになることを祈ってやまない。コウモリは鳥の姿をし
ているが哺乳類である。市バスの運転手は公務員の身分であるけれど、報酬
の対価的にはバスの運転手であると世間は見るだろう。公務員のバスの運転
手と哺乳類で鳥の姿をしているコウモリ。運転手とコウモリには罪はない。
罪なのは市のシステムと進化のシステムなのかもしれない。
て褒め言葉ではないこの言葉。場合によって考えや言動をころころと自分に
都合良く変える輩のことを指す。コウモリは獣(卵で子供を生まない)の中
で空を飛ぶので鳥のようでもある。獣であって他の類に似ているのは鯨も同
じだ。魚のように泳ぐけれど地球上最大の哺乳類(獣)である。コウモリや
クジラにとってはなんであろうと他者から言われる筋合いはないのだが、コ
ウモリに至っては貶し言葉で人々の間で使われる。このクジラ野郎!と言わ
れても言われる方はきっと貶されているとは思わないだろう。クジラは自然
保護のシンボルのように扱われることがあり、癒やしのカテゴリーにも属し
ているような、いないような。(これは悠然と泳ぐ様がゆっくり感を連想さ
せ癒やしにつながるのだろう)だとするとコウモリだけが虐められているよ
うな印象がある。これはきっと吸血コウモリもいるということで昔からおどろ
おどろしいところがあるので忌み嫌われているのかもしれない。
ドラキュラ伯爵も美人だけを生贄にしていたように思う。
果てさて、バスの運転手か公務員か。橋本大阪市長が大阪市交通局にバス
の運転手の年収の引き下げを行おうとしている。交通局のバス(市バス)の
運転手の平均年収は約800万円弱。民間のバス会社の平均年収は約550万。
ざっと3、40%高い。市バスの運転手は大阪市交通局の職員だから公務員で
ある。なので,仕事はバスの運転手で年収は大阪市の公務員と同じ、という
ことになる。これは変なことだろうか?この論理で言えば大阪市の公務員で
あれば花壇に水を撒いているだけの仕事の人でも大阪市の厚遇の年収をもら
える。花に水を撒くだけである。この場合きっとこれは当然だ、という人も
出てくるだろう。ただ、当然という人は大阪市の公務員の関係者にきっと限
定されるのではないか。年収(報酬)は労働・役務に対して支払われるのが
筋で、身分の属性に支払われることはあってはならない。これが世間・全世
界の常識である。橋本氏の改革で大阪市全体が庶民の感覚に近づき、市民
の人々から好かれるようになることを祈ってやまない。コウモリは鳥の姿をし
ているが哺乳類である。市バスの運転手は公務員の身分であるけれど、報酬
の対価的にはバスの運転手であると世間は見るだろう。公務員のバスの運転
手と哺乳類で鳥の姿をしているコウモリ。運転手とコウモリには罪はない。
罪なのは市のシステムと進化のシステムなのかもしれない。
2012年02月28日
どうでもいいけど、どうでも良くない
大阪駅のすぐ近くに桜橋という交差点がある。この交差点をすぐ北に登ると(ほ
んの100メートルぐらい)生まれ変わった大阪駅がある。大きなウェーブの屋根
のある駅だ。この交差点の南東角にスターバックスがあって、たまにその店で
コーヒーを飲んだりする。このスターバックスは国道2号線(国道1号線から
2号線に呼び名が変わるまさにその辺り)に面していて、窓際のカウンターに
座ると忙しく国道を走る車が通り過ぎていく。ある日カウンターに座り2号線
を行く車を見ていると、ガラス越しにさっそうと歩く女性がいて、その後を男
性が二人ほどその女性の後を追うように歩いていた。このスターバックスのあ
る一角は北新地と呼ばれる地域の端っこで、垢抜けた女性がぼちぼちいるのだ
けれど。それでもその女性は目立つ風貌である。女性の名前は中島知子。京
都出身のお笑い女性コンビでコンビ名をオセロという。一方が、色が黒く(こち
らが中島)もう一方が、色が白いのでこのコンビ名になったと聞く。関西出身
の女性お笑いコンビがあれよ、あれよいう間に、人気ものとなり今では世間を
騒がせるタレントとなった。世間を騒がせたタレントは同じ京都出身の嘘を付
いて記者会見を行い、南の島で身を隠しているらしい男性がその前にいたが
(この男は吉本興業所属でこの女性は松竹芸能所属)。この女性タレント、怪
しい占い師に言い含められ?(と世間では言われている)レギュラー番組はす
っぽかして降番させられたり、住んでいるマンションの家賃を滞納して裁判沙
汰になったりしている。実のところではひとりの女性タレントが番組を降ろさ
れようが、怪しい占い師に言い含められようがどうでも良いのだが、見方によ
ってはどうでも良くないのだ。その見方とは個人占い師が人一人をいいように
操っているように見えてくるところが良くない、と言うわけだ。いいように操る
のが一人増え、二人増えとなってどんどん増えていくとオウムのような可能
性を生んでしまう。とまあ、これは行き過ぎの点があるかもしれないが、可能
性として繋がってしまうのは残念なところである。占い師は占い師で新宿の母
だとか、某六星占術考案者とか顔が分かって堂々と世間の前に出てくればこれ
ほどの問題にはならないと思うのだが。このお騒がせの中身がどうなろうと私
たちにはどうでもよいことだけれど。どうでも良いことだから尚更早く白か黒
か(中島は黒だな)はっきりして世間の話題から消え去ってもらいたい。
んの100メートルぐらい)生まれ変わった大阪駅がある。大きなウェーブの屋根
のある駅だ。この交差点の南東角にスターバックスがあって、たまにその店で
コーヒーを飲んだりする。このスターバックスは国道2号線(国道1号線から
2号線に呼び名が変わるまさにその辺り)に面していて、窓際のカウンターに
座ると忙しく国道を走る車が通り過ぎていく。ある日カウンターに座り2号線
を行く車を見ていると、ガラス越しにさっそうと歩く女性がいて、その後を男
性が二人ほどその女性の後を追うように歩いていた。このスターバックスのあ
る一角は北新地と呼ばれる地域の端っこで、垢抜けた女性がぼちぼちいるのだ
けれど。それでもその女性は目立つ風貌である。女性の名前は中島知子。京
都出身のお笑い女性コンビでコンビ名をオセロという。一方が、色が黒く(こち
らが中島)もう一方が、色が白いのでこのコンビ名になったと聞く。関西出身
の女性お笑いコンビがあれよ、あれよいう間に、人気ものとなり今では世間を
騒がせるタレントとなった。世間を騒がせたタレントは同じ京都出身の嘘を付
いて記者会見を行い、南の島で身を隠しているらしい男性がその前にいたが
(この男は吉本興業所属でこの女性は松竹芸能所属)。この女性タレント、怪
しい占い師に言い含められ?(と世間では言われている)レギュラー番組はす
っぽかして降番させられたり、住んでいるマンションの家賃を滞納して裁判沙
汰になったりしている。実のところではひとりの女性タレントが番組を降ろさ
れようが、怪しい占い師に言い含められようがどうでも良いのだが、見方によ
ってはどうでも良くないのだ。その見方とは個人占い師が人一人をいいように
操っているように見えてくるところが良くない、と言うわけだ。いいように操る
のが一人増え、二人増えとなってどんどん増えていくとオウムのような可能
性を生んでしまう。とまあ、これは行き過ぎの点があるかもしれないが、可能
性として繋がってしまうのは残念なところである。占い師は占い師で新宿の母
だとか、某六星占術考案者とか顔が分かって堂々と世間の前に出てくればこれ
ほどの問題にはならないと思うのだが。このお騒がせの中身がどうなろうと私
たちにはどうでもよいことだけれど。どうでも良いことだから尚更早く白か黒
か(中島は黒だな)はっきりして世間の話題から消え去ってもらいたい。
2012年02月08日
電気が切れそう
昨日家に帰ったら、風呂場の電気が変わっていた。それまでは長持ちのする明
かりで色が青色っぽいものだったが、暖色系の明かりに代わった。聞いた話に
よれば青色系は寒色系で人に対しては緊張感をもたらすらしい。一方暖色系は
ゆったりの気分をもたらすという。実際に温泉の素を入れた湯船に暖色系の明
かりが灯ると子供のほっぺたが何となく元気な良い色になるような感じがする。
もともと寒色系の青色の光は浴室の電気が切れそうになって、とりあえず家に
ある在庫の電球を備え付けた。LEDだったかどうかははっきりと覚えていな
いが、長寿の電球だったと思う。同じく玄関先の電球も暖色系に変えた。夜遅
く自宅に帰って来たときに迎えてくれるのが、緊張感をもたらす青色系の光が
いいか、ゆったり気分をもたらす暖色系の色がよいか、それは比べるまでもな
いだろう。玄関の電球も切れそうな状態だったので、応急処置として青色系の
光を入れていたというわけだ。
同じく電気が切れそうな状態が日本経済にある。経営の神様が経営していた
関西を代表する企業が大きな赤字発表した。その額約7800億円。他に関西を代
表する企業のシャープ、社長が交代したソニー、NECなど電気・エレクトロ
ニクス関連が殆どマイナスの決算である。理由は既に多くのマスコミで報道を
されている。歴史的な円高とタイの洪水が大きなマイナス決算の原因だそうだ
が、要因はまだまだ他にある。韓国や中国の企業の躍進や、企業自体の事業領
域の停滞なども言われている。これら企業には優秀な人材が多数おられるので、
これらの要因はすでに理解済であろうが、果たしてこれからである。タイの洪
水の影響は数年にもわたることはないだろうが、欧州の経済不安定などからく
る円高は短期間で集結することはないだろう。日本は原発の問題で電力の供給
がかまびすしく議論をされているが、供給された電力を明るくする電気が切れ
たらこの国の経済は一体どうなってしまうのか、と思ってしまう。日本経済の
収益のメンバーが変遷するような報道もあるけれど、この流れは構造的なのだ
ろうか?
とりあえず我が家では切れそうな電球は全て取り替えたが、果たして日本の
電気業界、明るくなる光は再びでてくるのだろうか・・・。
かりで色が青色っぽいものだったが、暖色系の明かりに代わった。聞いた話に
よれば青色系は寒色系で人に対しては緊張感をもたらすらしい。一方暖色系は
ゆったりの気分をもたらすという。実際に温泉の素を入れた湯船に暖色系の明
かりが灯ると子供のほっぺたが何となく元気な良い色になるような感じがする。
もともと寒色系の青色の光は浴室の電気が切れそうになって、とりあえず家に
ある在庫の電球を備え付けた。LEDだったかどうかははっきりと覚えていな
いが、長寿の電球だったと思う。同じく玄関先の電球も暖色系に変えた。夜遅
く自宅に帰って来たときに迎えてくれるのが、緊張感をもたらす青色系の光が
いいか、ゆったり気分をもたらす暖色系の色がよいか、それは比べるまでもな
いだろう。玄関の電球も切れそうな状態だったので、応急処置として青色系の
光を入れていたというわけだ。
同じく電気が切れそうな状態が日本経済にある。経営の神様が経営していた
関西を代表する企業が大きな赤字発表した。その額約7800億円。他に関西を代
表する企業のシャープ、社長が交代したソニー、NECなど電気・エレクトロ
ニクス関連が殆どマイナスの決算である。理由は既に多くのマスコミで報道を
されている。歴史的な円高とタイの洪水が大きなマイナス決算の原因だそうだ
が、要因はまだまだ他にある。韓国や中国の企業の躍進や、企業自体の事業領
域の停滞なども言われている。これら企業には優秀な人材が多数おられるので、
これらの要因はすでに理解済であろうが、果たしてこれからである。タイの洪
水の影響は数年にもわたることはないだろうが、欧州の経済不安定などからく
る円高は短期間で集結することはないだろう。日本は原発の問題で電力の供給
がかまびすしく議論をされているが、供給された電力を明るくする電気が切れ
たらこの国の経済は一体どうなってしまうのか、と思ってしまう。日本経済の
収益のメンバーが変遷するような報道もあるけれど、この流れは構造的なのだ
ろうか?
とりあえず我が家では切れそうな電球は全て取り替えたが、果たして日本の
電気業界、明るくなる光は再びでてくるのだろうか・・・。
2012年01月26日
ほんまや
別に全くの自慢ではないですが、行政のインキュベーションオフィス入居
の審査員をやらせていただいております。審査員は私も含めて5名。皆さん、
見識の高いばかりです。(失礼ながら私もいれさせていただきました)5人の
中央に座るお方は日本3大商科大学の一つの大学の教授をされていて(今は
定年の退官をされました)碩学です。次の人はデザインのプロフエッショナ
ルで関西でも一級のデザイナー兼プロデューサーで、私も色々とお世話にな
っている方です。次の方はこれまた優秀な方で、大阪の大手私鉄に元は勤め
ておられ(この私鉄は日本を代表する劇場をも持っている会社です)行政な
どに出向されておられ、話はとても理路整然とわかりやすく論理的で私もそ
うなれればな、と思うぐらい。(実はこの方私と同年齢。なので、この点で
も気が合う)次の方はばりばりの会計士さん。冷静沈着。数字から経営をは
じきだされる。そして残りは未熟なる小生となる。ここで起業したい人や新
しいオフイスを持ちたい人が行政の施設を使用させてもらえないか、という
ことで入居審査に応募をしてくる。我々は其々の分野の視点より、いろいろ
な質問を投げかける。事業計画性、発展性、行政の施設を使用するのにふさ
わしいか、など。意見が分かれる時もあるが、最後は多数決で入居の是非を
決める。我々の税金を使用した行政の施設を使って良いのかどうか。
ホンマニ、妥当なのか、だ。
以前の審査は、今はなき由緒正しい歴史ある建物で行われていた。(今は歴
史ある場所というよりも時代の先端を行く建物)その建物の一階に自動販売
機があり、その自動販売機にそれはありました。自動販売機は民間会社が設
置していたので、なぜそれがそこにあるのか私は少し疑問に思ったことを覚
えている。それは超有名な知事が知事の座を降りて市長についた行政が製造
販売している商品だったのだ。この行政の水事業は、そこそこ有名で、海外
にもそのプラントを売らんとしている。特に東南アジアでは活動が活発なの
だが、私にはよくわからなかった。これって、図星の民業圧迫ではないのか?
民業圧迫で良くないことではなかったのか?私はその水をホンマニ一本買った。
民間会社の飲み物をその時買わなかったのだ。民間の会社の飲み物を買わずに
行政が出している水を買った。単純に経済原理で言えば、良いと思うものを買
ったのは魅力があったからだ、と言うことであれば問題はない。でも待てよ、
これってやっぱりどうかおかしいよな、という考えが頭から離れず、それ以降
はその行政の水は買っていない。(貰った時は飲んでいる)
この事業の廃止を超有名市長が発言した。この水は民業圧迫をしてさらに事
業としては赤字だったそうだ。赤字は誰が補填するのか。我々の税金である。
ふざけるんじゃない、と思うのが市民のホンマノの感覚だろう。
この水はホンマヤというネーミングなのだが、行政が民業を圧迫するのは即
刻やめる。それこそが本当の姿であり、ホンマヤ、ではないのか?きっとこの
事業部隊が入居審査に応募しても私は入居に賛成しないだろう。赤字事業を黒
字事業にする気もない連中に我々の税金を使わせたくないからだ。どう思いま
す?ホンマヤではないですか、ホンマニ。
の審査員をやらせていただいております。審査員は私も含めて5名。皆さん、
見識の高いばかりです。(失礼ながら私もいれさせていただきました)5人の
中央に座るお方は日本3大商科大学の一つの大学の教授をされていて(今は
定年の退官をされました)碩学です。次の人はデザインのプロフエッショナ
ルで関西でも一級のデザイナー兼プロデューサーで、私も色々とお世話にな
っている方です。次の方はこれまた優秀な方で、大阪の大手私鉄に元は勤め
ておられ(この私鉄は日本を代表する劇場をも持っている会社です)行政な
どに出向されておられ、話はとても理路整然とわかりやすく論理的で私もそ
うなれればな、と思うぐらい。(実はこの方私と同年齢。なので、この点で
も気が合う)次の方はばりばりの会計士さん。冷静沈着。数字から経営をは
じきだされる。そして残りは未熟なる小生となる。ここで起業したい人や新
しいオフイスを持ちたい人が行政の施設を使用させてもらえないか、という
ことで入居審査に応募をしてくる。我々は其々の分野の視点より、いろいろ
な質問を投げかける。事業計画性、発展性、行政の施設を使用するのにふさ
わしいか、など。意見が分かれる時もあるが、最後は多数決で入居の是非を
決める。我々の税金を使用した行政の施設を使って良いのかどうか。
ホンマニ、妥当なのか、だ。
以前の審査は、今はなき由緒正しい歴史ある建物で行われていた。(今は歴
史ある場所というよりも時代の先端を行く建物)その建物の一階に自動販売
機があり、その自動販売機にそれはありました。自動販売機は民間会社が設
置していたので、なぜそれがそこにあるのか私は少し疑問に思ったことを覚
えている。それは超有名な知事が知事の座を降りて市長についた行政が製造
販売している商品だったのだ。この行政の水事業は、そこそこ有名で、海外
にもそのプラントを売らんとしている。特に東南アジアでは活動が活発なの
だが、私にはよくわからなかった。これって、図星の民業圧迫ではないのか?
民業圧迫で良くないことではなかったのか?私はその水をホンマニ一本買った。
民間会社の飲み物をその時買わなかったのだ。民間の会社の飲み物を買わずに
行政が出している水を買った。単純に経済原理で言えば、良いと思うものを買
ったのは魅力があったからだ、と言うことであれば問題はない。でも待てよ、
これってやっぱりどうかおかしいよな、という考えが頭から離れず、それ以降
はその行政の水は買っていない。(貰った時は飲んでいる)
この事業の廃止を超有名市長が発言した。この水は民業圧迫をしてさらに事
業としては赤字だったそうだ。赤字は誰が補填するのか。我々の税金である。
ふざけるんじゃない、と思うのが市民のホンマノの感覚だろう。
この水はホンマヤというネーミングなのだが、行政が民業を圧迫するのは即
刻やめる。それこそが本当の姿であり、ホンマヤ、ではないのか?きっとこの
事業部隊が入居審査に応募しても私は入居に賛成しないだろう。赤字事業を黒
字事業にする気もない連中に我々の税金を使わせたくないからだ。どう思いま
す?ホンマヤではないですか、ホンマニ。
2012年01月25日
順番は守れよ
私は大阪の地下鉄を使って通勤をしている。数年間、東京にも住んでいたの
で東京の地下鉄にも乗っていた。大阪の地下鉄と東京の地下鉄(地下鉄に限
らず)との違いはというと、ひところでは東京では電車を待つ人が整然と並
んでいるのに、大阪では待つ人が並ばない、と言われていたことだ。その昔
に比べると多少は大阪の人も並ぶようになったとは思うが、東京の人々と比
べるとやはりまだ並んでいないように思う。電車が来たらさっと扉のところ
に逆から入り込むのはやはり大阪のほうが目立つように思う。勿論東京でも
そういう人はいると思うのだが、大阪のほうが頻度が高い。当たり前だが、
そんな人にちゃんと順番は守れよ、といっても意味がない。駅員が確りと見
張ってくれれば済むものだろうけれど、大阪の駅員さんもどこか匙を投げて
いるのだろう。それかそんな奴らは無視するに限るというものかもしれない。
無視することが一番の辱しめを与えるということなのだろう。順番を守ら
ない人間を無視して果たして社会性は保たれるのか、と社会学にもつなが
るかもしれない。
私の父親は順番を守らなかった。なんの順番かと言うと父親は祖母より
も先に鬼籍に入ってしまったのだ。子供に先立たれる親の悲しみはやはり
計り知れないぐらい深く大きいもので、祖母の悲しみは長時間人を寄せ付
けなかった。そんな父も亡くなってもう25年になる。私は実を言えば今日
25日が誕生日で、今日で一つ年の数が増えた。父親がいない時間がいた時
間を超えるのももうすぐである。私の家族は今のところ順番を守って、目
上の人間よりは先に星になっていない。私の家族はきっちりと順番を守る
性質なのだが、私の周辺で順番を守らないものがでた。年末には楽しい姿
を聞かせてくれていた高校時代のクラブの後輩が年明けて急逝した。何年
かまえから、先輩一緒に卓球しましょうよ(私のクラブは卓球部である)
卓球を教えてくださいよ、とOB会の有る度ごとに私はその後輩から言わ
れていた。後輩の彼女はママさんバレーならぬ、ママさん卓球を夜の小学
校の講堂で行なっていた。市民オリンピックにもでていたそうだ。決して
上手ではなかったそうだが(当人の弁)高校の時以上に練習をしていたと
いう(これも本人の弁)。にこやかに私をからかいに来る彼女の姿は懐か
しく、微笑ましいものだった。何も昔の話を取り出して湿っぽくなるという
のではない。昔で言う青春時代の多感な時代の登場人物の一人が順番も
守らず、先に逝ってしまうのはやはり何か合点がいかない。これも運命と
いうものなんだろうけれど。
皆さん、地下鉄もそうですが、やっぱり順番は守りましょう。
で東京の地下鉄にも乗っていた。大阪の地下鉄と東京の地下鉄(地下鉄に限
らず)との違いはというと、ひところでは東京では電車を待つ人が整然と並
んでいるのに、大阪では待つ人が並ばない、と言われていたことだ。その昔
に比べると多少は大阪の人も並ぶようになったとは思うが、東京の人々と比
べるとやはりまだ並んでいないように思う。電車が来たらさっと扉のところ
に逆から入り込むのはやはり大阪のほうが目立つように思う。勿論東京でも
そういう人はいると思うのだが、大阪のほうが頻度が高い。当たり前だが、
そんな人にちゃんと順番は守れよ、といっても意味がない。駅員が確りと見
張ってくれれば済むものだろうけれど、大阪の駅員さんもどこか匙を投げて
いるのだろう。それかそんな奴らは無視するに限るというものかもしれない。
無視することが一番の辱しめを与えるということなのだろう。順番を守ら
ない人間を無視して果たして社会性は保たれるのか、と社会学にもつなが
るかもしれない。
私の父親は順番を守らなかった。なんの順番かと言うと父親は祖母より
も先に鬼籍に入ってしまったのだ。子供に先立たれる親の悲しみはやはり
計り知れないぐらい深く大きいもので、祖母の悲しみは長時間人を寄せ付
けなかった。そんな父も亡くなってもう25年になる。私は実を言えば今日
25日が誕生日で、今日で一つ年の数が増えた。父親がいない時間がいた時
間を超えるのももうすぐである。私の家族は今のところ順番を守って、目
上の人間よりは先に星になっていない。私の家族はきっちりと順番を守る
性質なのだが、私の周辺で順番を守らないものがでた。年末には楽しい姿
を聞かせてくれていた高校時代のクラブの後輩が年明けて急逝した。何年
かまえから、先輩一緒に卓球しましょうよ(私のクラブは卓球部である)
卓球を教えてくださいよ、とOB会の有る度ごとに私はその後輩から言わ
れていた。後輩の彼女はママさんバレーならぬ、ママさん卓球を夜の小学
校の講堂で行なっていた。市民オリンピックにもでていたそうだ。決して
上手ではなかったそうだが(当人の弁)高校の時以上に練習をしていたと
いう(これも本人の弁)。にこやかに私をからかいに来る彼女の姿は懐か
しく、微笑ましいものだった。何も昔の話を取り出して湿っぽくなるという
のではない。昔で言う青春時代の多感な時代の登場人物の一人が順番も
守らず、先に逝ってしまうのはやはり何か合点がいかない。これも運命と
いうものなんだろうけれど。
皆さん、地下鉄もそうですが、やっぱり順番は守りましょう。
2012年01月13日
大阪の栄光
去年奪われたトップの座を今年早々と奪い返した。見事な早業である。
なぜこうも何年にも渡ってトップの座に君臨できるのか空恐ろしい感
じがする。これは野球の話でもなくボクシングの話でもなく、もちろ
んサッカーの話でもない。ひったくりの件数である。
大阪は不名誉な記録で34年だったか連続してひったくり件数ワース
トワワンだった。そこに橋本知事が登場して汚名返上とばかりにひったく
り撲滅作戦をとった。この作戦がたちまちに効をそうしてワーストワン
の座を他県(千葉県)に譲った。そこで千葉県が頑張った。そして1年で
ワーストワンの座を大阪に戻してくれた、というわけだ。ここで特筆す
べきはひったくりの件数そのものの絶対数は大きく減少している。栄光
の座を取り戻した大阪にしてもひったくり件数は3000を超えていたのが
2000の前半の数字になっている。
これは素晴らしいことに違いない。今までがなぜそのような多くのひった
くり件数だったのかと問いたくなるぐらいだ。ひったくりをなくすように
対応はして来たのだろうけれど、それがどこまで本気だったかどうか、と
いうことだろう。行政が行うことの多くに対して批判する気は毛頭ないけ
れど、仕事を減らさないようなレベルで手を加減しているのではないかと
勘ぐりたくなる。橋本市長は自分が府知事でいなくなったことで大阪府が
ワーストワンに返り咲いたことに悔しい内容のコメントをしているが、こ
の発言の悔しさをどれぐらいの大阪府の役人の人たちが共有しているのだ
ろうか。
自身と家族が住む大阪がいつまでもこのような恥ずべき地位にいるのは
とても残念なことである。我が町は少しでもよくなって欲しいし、安全で
あってほしい。ひったくりを飲酒のように厳罰にして欲しいという気持ち
はいつも持ち合わせている。例えばひったくるだけで懲役10年以上という
のはどうだろう。誘拐と同じで、ひったくる行為とその罰の割が合わない
と強くメッセージすることに効果はないのだろうか?ひったくられないよ
うにすることに注力をするとういのは理屈では分かっていても、どこか納
得いかない部分が残る。 やはりひったくる方をなんとか懲らしめてやり
たいと思うのだが、このように思うのは現実的ではないのだろうか?
なぜこうも何年にも渡ってトップの座に君臨できるのか空恐ろしい感
じがする。これは野球の話でもなくボクシングの話でもなく、もちろ
んサッカーの話でもない。ひったくりの件数である。
大阪は不名誉な記録で34年だったか連続してひったくり件数ワース
トワワンだった。そこに橋本知事が登場して汚名返上とばかりにひったく
り撲滅作戦をとった。この作戦がたちまちに効をそうしてワーストワン
の座を他県(千葉県)に譲った。そこで千葉県が頑張った。そして1年で
ワーストワンの座を大阪に戻してくれた、というわけだ。ここで特筆す
べきはひったくりの件数そのものの絶対数は大きく減少している。栄光
の座を取り戻した大阪にしてもひったくり件数は3000を超えていたのが
2000の前半の数字になっている。
これは素晴らしいことに違いない。今までがなぜそのような多くのひった
くり件数だったのかと問いたくなるぐらいだ。ひったくりをなくすように
対応はして来たのだろうけれど、それがどこまで本気だったかどうか、と
いうことだろう。行政が行うことの多くに対して批判する気は毛頭ないけ
れど、仕事を減らさないようなレベルで手を加減しているのではないかと
勘ぐりたくなる。橋本市長は自分が府知事でいなくなったことで大阪府が
ワーストワンに返り咲いたことに悔しい内容のコメントをしているが、こ
の発言の悔しさをどれぐらいの大阪府の役人の人たちが共有しているのだ
ろうか。
自身と家族が住む大阪がいつまでもこのような恥ずべき地位にいるのは
とても残念なことである。我が町は少しでもよくなって欲しいし、安全で
あってほしい。ひったくりを飲酒のように厳罰にして欲しいという気持ち
はいつも持ち合わせている。例えばひったくるだけで懲役10年以上という
のはどうだろう。誘拐と同じで、ひったくる行為とその罰の割が合わない
と強くメッセージすることに効果はないのだろうか?ひったくられないよ
うにすることに注力をするとういのは理屈では分かっていても、どこか納
得いかない部分が残る。 やはりひったくる方をなんとか懲らしめてやり
たいと思うのだが、このように思うのは現実的ではないのだろうか?