2012年01月26日

ほんまや

別に全くの自慢ではないですが、行政のインキュベーションオフィス入居

の審査員をやらせていただいております。審査員は私も含めて5名。皆さん、

見識の高いばかりです。(失礼ながら私もいれさせていただきました)5人の

中央に座るお方は日本3大商科大学の一つの大学の教授をされていて(今は

定年の退官をされました)碩学です。次の人はデザインのプロフエッショナ

ルで関西でも一級のデザイナー兼プロデューサーで、私も色々とお世話にな

っている方です。次の方はこれまた優秀な方で、大阪の大手私鉄に元は勤め

ておられ(この私鉄は日本を代表する劇場をも持っている会社です)行政な

どに出向されておられ、話はとても理路整然とわかりやすく論理的で私もそ

うなれればな、と思うぐらい。(実はこの方私と同年齢。なので、この点で

も気が合う)次の方はばりばりの会計士さん。冷静沈着。数字から経営をは

じきだされる。そして残りは未熟なる小生となる。ここで起業したい人や新

しいオフイスを持ちたい人が行政の施設を使用させてもらえないか、という

ことで入居審査に応募をしてくる。我々は其々の分野の視点より、いろいろ

な質問を投げかける。事業計画性、発展性、行政の施設を使用するのにふさ

わしいか、など。意見が分かれる時もあるが、最後は多数決で入居の是非を

決める。我々の税金を使用した行政の施設を使って良いのかどうか。

 ホンマニ、妥当なのか、だ。
以前の審査は、今はなき由緒正しい歴史ある建物で行われていた。(今は歴

史ある場所というよりも時代の先端を行く建物)その建物の一階に自動販売

機があり、その自動販売機にそれはありました。自動販売機は民間会社が設

置していたので、なぜそれがそこにあるのか私は少し疑問に思ったことを覚

えている。それは超有名な知事が知事の座を降りて市長についた行政が製造

販売している商品だったのだ。この行政の水事業は、そこそこ有名で、海外

にもそのプラントを売らんとしている。特に東南アジアでは活動が活発なの

だが、私にはよくわからなかった。これって、図星の民業圧迫ではないのか?

民業圧迫で良くないことではなかったのか?私はその水をホンマニ一本買った。

民間会社の飲み物をその時買わなかったのだ。民間の会社の飲み物を買わずに

行政が出している水を買った。単純に経済原理で言えば、良いと思うものを買

ったのは魅力があったからだ、と言うことであれば問題はない。でも待てよ、

これってやっぱりどうかおかしいよな、という考えが頭から離れず、それ以降

はその行政の水は買っていない。(貰った時は飲んでいる)

 この事業の廃止を超有名市長が発言した。この水は民業圧迫をしてさらに事

業としては赤字だったそうだ。赤字は誰が補填するのか。我々の税金である。

ふざけるんじゃない、と思うのが市民のホンマノの感覚だろう。

 この水はホンマヤというネーミングなのだが、行政が民業を圧迫するのは即

刻やめる。それこそが本当の姿であり、ホンマヤ、ではないのか?きっとこの

事業部隊が入居審査に応募しても私は入居に賛成しないだろう。赤字事業を黒

字事業にする気もない連中に我々の税金を使わせたくないからだ。どう思いま

す?ホンマヤではないですか、ホンマニ。
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2012年01月25日

順番は守れよ

私は大阪の地下鉄を使って通勤をしている。数年間、東京にも住んでいたの

で東京の地下鉄にも乗っていた。大阪の地下鉄と東京の地下鉄(地下鉄に限

らず)との違いはというと、ひところでは東京では電車を待つ人が整然と並

んでいるのに、大阪では待つ人が並ばない、と言われていたことだ。その昔

に比べると多少は大阪の人も並ぶようになったとは思うが、東京の人々と比

べるとやはりまだ並んでいないように思う。電車が来たらさっと扉のところ

に逆から入り込むのはやはり大阪のほうが目立つように思う。勿論東京でも

そういう人はいると思うのだが、大阪のほうが頻度が高い。当たり前だが、

そんな人にちゃんと順番は守れよ、といっても意味がない。駅員が確りと見

張ってくれれば済むものだろうけれど、大阪の駅員さんもどこか匙を投げて

いるのだろう。それかそんな奴らは無視するに限るというものかもしれない。

無視することが一番の辱しめを与えるということなのだろう。順番を守ら

ない人間を無視して果たして社会性は保たれるのか、と社会学にもつなが

るかもしれない。

 私の父親は順番を守らなかった。なんの順番かと言うと父親は祖母より

も先に鬼籍に入ってしまったのだ。子供に先立たれる親の悲しみはやはり

計り知れないぐらい深く大きいもので、祖母の悲しみは長時間人を寄せ付

けなかった。そんな父も亡くなってもう25年になる。私は実を言えば今日

25日が誕生日で、今日で一つ年の数が増えた。父親がいない時間がいた時

間を超えるのももうすぐである。私の家族は今のところ順番を守って、目

上の人間よりは先に星になっていない。私の家族はきっちりと順番を守る

性質なのだが、私の周辺で順番を守らないものがでた。年末には楽しい姿

を聞かせてくれていた高校時代のクラブの後輩が年明けて急逝した。何年

かまえから、先輩一緒に卓球しましょうよ(私のクラブは卓球部である)

卓球を教えてくださいよ、とOB会の有る度ごとに私はその後輩から言わ

れていた。後輩の彼女はママさんバレーならぬ、ママさん卓球を夜の小学

校の講堂で行なっていた。市民オリンピックにもでていたそうだ。決して

上手ではなかったそうだが(当人の弁)高校の時以上に練習をしていたと

いう(これも本人の弁)。にこやかに私をからかいに来る彼女の姿は懐か

しく、微笑ましいものだった。何も昔の話を取り出して湿っぽくなるという

のではない。昔で言う青春時代の多感な時代の登場人物の一人が順番も

守らず、先に逝ってしまうのはやはり何か合点がいかない。これも運命と

いうものなんだろうけれど。

 皆さん、地下鉄もそうですが、やっぱり順番は守りましょう。
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2012年01月13日

大阪の栄光

去年奪われたトップの座を今年早々と奪い返した。見事な早業である。

なぜこうも何年にも渡ってトップの座に君臨できるのか空恐ろしい感

じがする。これは野球の話でもなくボクシングの話でもなく、もちろ

んサッカーの話でもない。ひったくりの件数である。

 大阪は不名誉な記録で34年だったか連続してひったくり件数ワース

トワワンだった。そこに橋本知事が登場して汚名返上とばかりにひったく

り撲滅作戦をとった。この作戦がたちまちに効をそうしてワーストワン

の座を他県(千葉県)に譲った。そこで千葉県が頑張った。そして1年で

ワーストワンの座を大阪に戻してくれた、というわけだ。ここで特筆す

べきはひったくりの件数そのものの絶対数は大きく減少している。栄光

の座を取り戻した大阪にしてもひったくり件数は3000を超えていたのが

2000の前半の数字になっている。

これは素晴らしいことに違いない。今までがなぜそのような多くのひった

くり件数だったのかと問いたくなるぐらいだ。ひったくりをなくすように

対応はして来たのだろうけれど、それがどこまで本気だったかどうか、と

いうことだろう。行政が行うことの多くに対して批判する気は毛頭ないけ

れど、仕事を減らさないようなレベルで手を加減しているのではないかと

勘ぐりたくなる。橋本市長は自分が府知事でいなくなったことで大阪府が

ワーストワンに返り咲いたことに悔しい内容のコメントをしているが、こ

の発言の悔しさをどれぐらいの大阪府の役人の人たちが共有しているのだ

ろうか。

 自身と家族が住む大阪がいつまでもこのような恥ずべき地位にいるのは

とても残念なことである。我が町は少しでもよくなって欲しいし、安全で

あってほしい。ひったくりを飲酒のように厳罰にして欲しいという気持ち

はいつも持ち合わせている。例えばひったくるだけで懲役10年以上という

のはどうだろう。誘拐と同じで、ひったくる行為とその罰の割が合わない

と強くメッセージすることに効果はないのだろうか?ひったくられないよ

うにすることに注力をするとういのは理屈では分かっていても、どこか納

得いかない部分が残る。 やはりひったくる方をなんとか懲らしめてやり

たいと思うのだが、このように思うのは現実的ではないのだろうか?
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2012年01月11日

支えてくれる人々

我が家には受験生が二人いる。上で長男は浪人生。長女は高校3年生。今

年の受験に二人が一緒に受ける。受験校は違うけれども兄妹でお互いの情

報交換を行なっている。二人とも予備校に通っていて、(長女は現役合格

をモットーにしている塾、予備校)帰りが私より遅いことが多い。夜の11

時を過ぎることも日常茶飯である。そんな子供たちに奥さんはオニギリを

作ってあげたり、夜食を作っていたりする。親としての支えが少しは果た

せているのかなと夫婦で話したりする。

 支えてくれた全ての人に感謝、と日本人で初めて(アジア人で初めて)

FIFA国際サッカー連盟の年間最優秀選手に沢穂稀選手が選ばれた。授

賞式には日本の服の着物を来て表彰舞台に上がった。一重瞼が彼女らしく、

負けん気が強そうで、それがまたサッカー選手である美しさを増幅してい

たのかと思う。同時に監督として佐々木則夫氏が世界最優秀監督に選ばれ

た。彼女と彼の活躍は昨夏のワールドカップの栄冠獲得のさいにもあらゆ

るメデイアで報道されたので今さらのコメントはないだろう。日本の女子

サッカー界に突然の神の降臨を実現させたようなそんな活躍であった。気

の強そうな一重瞼の彼女はこれからの活躍もきっと手に入れるだろう。

 17年支えてくれた?女と仲良く奴は当局の手に落ちた。まさか17年の逃

亡の後に出頭してくるとはお天道さまも気がつくめえ、と思っていたら、夜

に自首してきた。オウム信者の男である。オウム事件は徐々に過去のものに

なりつつあるかと思っていたら、ナンノナンノ、信者同士がお互いに支え合

って、オウム事件をまた現在の事件に呼び戻してしまった。犯罪の凶悪さと

事件の被害者である方達はいつまでもこの事件に関しては現在であるけれど、

世間は冬の風のように冷たく通りすぎてしまう。(そういう私も例外ではな

い。東北大震災のことも同じだ。忘れないようにすることが肝要だ)男は女

のヒモのようであった、と書いてある記事もある。男は17年間の逃亡につい

て「話すと迷惑がかかる人がいるので喋れない」と言った内容の証言をして

いたが、犠牲者になった人のことを考えるとどうなのだろう。この身勝手さ

はブラックホールにでも吸い込まれるような闇である。これからは国家が十

分に彼を支えるだろう。自殺させることはなく、いつまでもいつまでも罪の

償いをするために国家は彼を支えることだろう。奴に罪の大きさの自覚をす

る時が果たしてくるのだろうか?奴が罪の大きさを自覚するまで我々は彼を支

えていく、というのはどうだろう。
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2012年01月08日

パンがなければケーキを食べればよいのに

パンがなければケーキを食べればよいのに、という言葉は民衆に倒された一家

の娘がいったといわれる言葉だ。娘が言ったのは食うに困っている民衆に対し

てである。この言葉が民衆に対して大きなエネルギーを与えたともいわれる。

娘は民衆の生活をまったく知らなかった、また知ろうとしなかったのである。

娘はパンがなかった時にはケーキを食べていたのだろう。この言葉を聞いた

民衆の怒りを誰が抑えることができるだろうか?民衆の怒りが収まったのは

その娘の一族をギロチンに送った後である。

 我々は近代国家の市民(シチズン)として暮らしている。日本は世界の中で

もなんだかんだと言っても最も幸せな国の一つである。お店に行けばパンも

ケーキもある。最近のパンやケーキは本当においしくなった。それも安い値

段で買える。あるコンビニストアでもその先の別のコンビニストアでも購入

できる。パンやケーキは税金を納めた後で我々は買える。働いた糧は税金を

納めた後の所得として我々の手元にあるのだ。手元に残るお金で市民である

我々は暮らしている。手元にたどり着く前に徴収されるのが税金である。こ

の税金で支えているのが公務員だ。公務員はこの我々の税金で暮らしている

のだ。小学生でもわかるレトリックで言えば、我々民間人の税金で暮らす公

務員が民間レベルよりもはるかに豊かであることはどうなのだろうか?正し

いか正しくないかは問わない(レベルというのは平均ととらえてくれもよい

だろう。もちろん優秀な公務員は高い報酬をとるべきだという意見には異論

がない)納める民間人が納得いくかどうか、である。バスの運転手の平均年

収が民間よりも20%も高い。バスの運行を進める道路整備を行う人々(約1

kmのバスの道路を整備するのに凡そ7人。働くのは1日5時間ぐらい)の年収

が1000万円と言われる。
(こういう報道がテレビであった。異なっているところがあるかもしれない)

これで納得する市民がいるのだろうか?これは大阪市役所のことである。尋ね

たマスコミに担当者が言うのが奮っている。

「これまでは(大阪市)市民の方が聞けば、納得できないようなことがあったか

もしれない」

これは一体何なのだろうか?

我々は生活が苦しくともパンも食べることができればケーキも食べることが

できる。幸いなことである。しかしそれは精一杯働き(少なくとも道路整備者

の働きよりは我々市民は2倍から3倍働いているだろう)生活をやりくりしてい

るからである。市民の感情が収まるために彼らがギロチンに送られることはな

いだろう。ギロチンに送る代わりに彼らをウオッチするというのはどうだろう。

彼らは大阪の地下鉄にもバスにもゴミ収集車付近にいる。何よりも中之島に行

けば彼らをウオッチすることができる。民間常識の欠けた彼らの姿を。自分

達の気持ちを納めるのは自分たちが彼らをウオッチして行くしかないだろう。

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2012年01月06日

正直者のバカは真面目か?

新年あけましておめでとうございます。今年も頑張って書いていく所存でござ

います。しばし拙文にお付き合いください。このお正月は何となくゆっくりで

長く感じられて正月だった。休みは30日から4日までで、5日に初出。挨拶回り

も行うも休みのところが多く、午前中で切り上げた。このお正月でビジネス本

だが4冊ほど読み上げた。経営の理念的なものやテクニカル的なものなど。海

外の著作のものから日本のモノまで。本を読みながら、また年末年始に起こっ

たニュースを見ながら思ったのは、正直者はバカを見るという言葉から連想さ

れたものだった。正直者はバカを見るということなので、正直者はバカである

というわけではない。正直者はたまに、か、時々か、バカを見る(報われない)

ということなので、普段で不断なことではない。また正直と真面目は同列に並

ぶものなのだろうか?正直者は真面目か、真面目な奴は正直か、これは中々厄

介なものだ。正直者はバカを見るけれど、真面目な奴はバカを見ることはない

のだろうか?こうなると言葉遊び的なものになってしまうので、ここら辺で切

り上げたほうがよいだろう。

 消費税をあげるとは選挙の時には全く言わないで、政権を獲った暁に消費税

をあげると言う人々や、選挙の時にこれこれを行うといって政権を獲ったあと

には選挙の時に謳ったこれこれは何一つ実現できていない。中間処理施設は被

害者の地元に建設するという事柄とか。まるで歩行者のために用意された道を

歩いていて、車に轢かれた者は歩行者のために用意された道を歩いていたこと

が責任だと言わんばかりである。地産地消という言葉があたけれど、これはも

うあってないようなものだ。絆を唱えば歌うほどに、それを利用しようとして

熟するまで時間をかける連中の高いびきが聞こえてきそうだ。人の言葉を信じ

るものがバカのようで、人のために動き働くものがバカのようでもある。こん

な世の中に誰がしたと天に叫んでも仕方がない。こんな世の中にしたのは我々

なのだから。正直者がバカを見るのは、今年の初夢として夢の彼方に追いやり

たいものだが、それも適わない。

上下左右、180度、360度をどのように見回しても、とどのつまりは、人の言葉

を信じて、人のために働いていくしかない。こんな世の中だから人生はあっと

言う間にすぎていく一瞬として創造主は造られたのかもしれない。創造主も結

局は正直者で真面目でバカを見たのだろう。違うか???
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2011年12月27日

「失敗」

失敗学というものがあった。失敗が学問になるのだろうか、とふと思ったり

したものだが。また書店で「ベンチャー失敗学」なる本をみたことがある。

ベンチャーキャピタルの社長さんが上梓した本で、ベンチャー企業の失敗事

例を積み重ねたものだ。創業や新規事業のアドバイスに関わっているものか

らして興味深い本だったが、失敗事例がいくつも挙げられているので、最後

の方はこの企業の失敗も何となく見通せて、最後まで読むに至らなかった。

ということは失敗にはある決まり事や法則性があるということかもしれない。

家庭の不幸は其々の家庭によると歴史の文豪は賜ったけれど、失敗には共通

点があったということなのだろう。

 福島原発事故の調査報告が発表された。詳細は読んでいないけれど、官僚、

もしくは国関係者、および国が選定した調査報告、が書く報告書なんて法律と

同じほど退屈なものだけれど、要は対応が失敗であったということだ。一見す

れば段々と福島狂騒曲は落ち着きつつあるみたいだけれど、それは周辺にいる

ものの感覚だけだが。(人の噂も75日というレベルのもの)ともかくマスコミ

は3・11の日の検証を始め出した。この調査報告もそうだが、テレビでも地

震発生から原発事故の発生にわたって再現ドラマを作り出した。再現ドラマを

テレビで観たが、どこまで本当かどうかは未だわからない。政府と上司の命令

を現場のいち所長が無視し続けた、ということに恐ろしさを禁じ得なかったが、

日本人のモノの考えの‘終わりよければ全て良し’でそれも事実としてあるだ

けで特出した問題になる気配はない。東電自体が15メートル以上の津波想定を

していたにも拘わらずに、対応する防潮堤を造らなかったことで今回の災害に

なったということもあるが、それも結果論にすぎない。来るか来ないかもわか

らないものに何百億もかかる防潮堤を作ろうというのも経営の視点では?が付く

ものだろう。原発に関しては、今回の事故を良い例として二度と失敗は起こし

てもらいたくはないと心底思うのだが。(これは現在の日本に住む人々全てが

きっとそのように思っているに違いないと思うのだが。例外の人はいるのだろ

うか)

発明王の言を借りれば、数多い失敗が成功をもたらすというのだが、今回の失

敗で成功はもたらされるのだろうか?それとも成功を導くにはまだ失敗の数が

足りないのだろうか?失敗は数少ないほうがよいと言う点に置いては間違いの

視点(失敗)はきっとないだろう。
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2011年12月20日

三男坊

この世に最も嘆かわしい事の一つは加齢臭。加齢による体臭らしい。加齢

によるものだとすれば男性も女性も出てきそうなもの。しかし、加齢臭に

よって叩かれるのは世の中年男性。女性ほど体のケアをしてないからでて

くるものなのだろうか、その点はよくわからないけれど。中年女性に加齢

臭というのはあまりイメージが湧かない。私も中年の世代なので気をつけ

なければいけないと日々気にかけている。もう一つ我が家に最も嘆かわし

いものがある。それは3番目の子供の足の臭いである。3番目の子供は小学

6年生。今ソフトボールに熱心で、レギュラーの座とバッテイングの成績

と守備の安定さに今とても腐心をしている。練習から返って来たとき靴を

脱いだ途端に発せられるあの臭い。まるでパンドラの箱をあけたような、

そんな臭さである。でもこの3番目の子供とんと無頓着で周りがよっぽど

しつこく言わないと足を洗わない。この3番目の子供は次男ではなく三男

坊ではないけれど、周囲を意に介さなくマイペースをとにかく崩さない。

 以前にとある企業が長男と次男は採用しないという話を聞いた。あくま

でもとある企業である。理由を聞くと長男は全体のことを考える(全体最

適、全体幸福)ので狡さがない。(本当はわからない)次男は長男が親か

ら叱られているのを真近いで見ていて、萎縮することが多い。三男は長男

と次男のあり方をみてうまく立ち回り、長男や次男が家族の犠牲になると

ころがあるというのに三男は自分の利益をちゃっかり手に入れるというも

のだ。だから相手に負けないように三男を中心に採用するというのだ。こ

れが本当かどうかわからない。しかし、私はこの意見に本当に賛成する。

私の身近にいた三男は自分の利益だけを考えて好き放題しながら最後の尻

拭きをいつも他人に任せていた。(もちろん三男坊である人全部がこのよ

うな人だということではない。一つの傾向として、だ)

 で、永久凍土の大地を抱えた領導者様だ。見事に三男坊。長男も次男も

差し置き後継者指名をされた。まさか、自分だけの利益のために世界をひ

っかき回すということもあるのだろうか、ないのだろうか?全世界が注目

している。グローバル化の進展によりお祖父さんやお父さんが国のトップ

としてあった時とは全く環境が違うけれど、世界の各国の顰蹙を買うよう

な、世に嘆かわしい世襲であるというふうにはならないように願いたいも

のだ。
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2011年12月19日

取り残される

追い立てる、追いかける、てなずける、どのように形容してもボールが足から

離れない。ボールを運んでいると言うものでもない。彼はボールを十分に追い

立てている。ただ、馬を操るように行先を上手く足でコントロールしているの

だ、馬に対して手綱で右に向けたり左に向けたりストップを要請したり。手綱

の場合は、自分は馬上で止まっているけれど、彼は一緒にボールと走っている

のだ。幼い頃、身長が伸びないことで、辛い注射にも耐えたという。その彼が2年

連続のサッカーの世界最優秀選手で今年のクラブワールドカップで期待通り、

予想通りの活躍をした。メッシ。アルゼンチン代表で先にも書いたとおり、現

在の最高の選手である。このような世界最高選手がいるのになぜアルゼンチン

はワールドカップで栄光を手にできないのか、の理由はサッカーがチームプレ

ーであることに尽きているように思える。この辺はいろんな人が分析している

のでそちらをご覧ください。とにかくメッシにかかればすべてのものが取り残

される。チームメイトは最終パスの受けてにメッシを選ぶだけで進んで自分た

ちは取り残されているようだし、相手チームのディフェンダーやキーパーは立

ち向かって来る相手に準備をしているのに、相手は立ち向かってこないのだ。

ヒラリとボールと共にかわされ、その場に取り残される。最後の砦の一対一が

セオリーのゴールキーパーだってかわされてしまう。キーパーがかわされたあと

ゴールの前は何もない。ただの空間があって、メッシはボールをゴールのなか

に追い立てるだけである。今まで僕はサッカーのゴールキーパーは破られるも

のだと思っていた。それがかわされるものだとは。それこそパラダイムの大変

換である。ゲームは欧州王者が南米王者を全く相手にすることなく完勝。面白

かったが、つまらないゲームだった。このつまらなさに私の意識もどこか空虚

なとり残された感があった。

ところ変わって、取り残される貧民たち。北の大将軍、総書記様が列車の中で

心筋梗塞でお亡くなりになったそうだ。まさか、サッカーの南米王者の不甲斐

なさを嘆いて心筋梗塞になったわけでもないだろうけれど。これで東アジア、

中国と韓国、日本、ロシア、アメリカ周辺は一気に緊張が高まる。その緊張中

に取り残されているのは、裕福なお姿でお亡くなりになる人々とは対照的に貧

しく、やせ細った北の人々である。

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2011年12月16日

今年一番の寒波

ブログも更新しないうちに今年一番の真冬の寒波が来たり、神戸ルミナリエは終わり、

御堂筋のストリートライトが点きました。ライトといえば京都の花灯籠が観光客には

人気だとか。大阪府のダブル選挙では橋本氏が圧倒的支持を得て当選。維新の会で大

阪府と大阪市のトップ二つをもぎ取った。ダブル栄冠と言えるものだが、この強さに

日和見する政党が醜い。この柔軟さが政治だという輩もいそうだが、それは政治家の

中の話。庶民から見てみれば節操のない、ずるさだけ。この日和見を政治だというの

は、旧自民党の派閥力学が強く働いている時だけ。今は情報通信(ツール)革命など

のおかげで、組織票も雪のごとく溶け出して派閥力学は風前の灯火とも言える。

 私事ですが、数日前高校の同窓会がありました。そこで私の拙いブログを読んでく

れる奴がいてとても恥ずかしく恐縮してしましました。そいつは私よりはるかに優秀

で現役で超難関大学の法学部に入り、社会人となって整理回収機構に出向で務めてい

たというやつです。まあ、あまり女性には人気がなかったのが当然というか、救いと

いうか、この変が憎めない奴ですが。

 まあまたよしなしごとを綴って参りますので、お付き合い頂けたら幸甚です。
posted by P.S.コンサルティング at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記