2015年01月26日

55

 先月の日本経済新聞の私の履歴書の執筆が欣ちゃんこと萩本欣一さん。そして今

月がソフトバンクダイエーホークスの王貞治さん。ちょっと昔の人はご存じだろう

けれど、欣ちゃんがジローさんこと坂上二郎さんとコンビを組んだコント55号は、

プロ野球巨人軍時代に王貞治選手が作った55本塁打の55本から。プロ野球におけ

るテッペンの55本塁打に因んで自分たちもお笑い界のテッペンを目指そうとして

つけた芸名だ。プロ野球においてこの55本塁打の記録はまだ破られておらず、依

然にテッペンとなっている。また欣ちゃんこと萩本欣一さんは視聴率100%男と呼

ばれていた。テレビの番組のレギュラー4本で視聴率が100%を超えていたという。

この数字もまだまだテッペンを継続しているのではないか。

 この55という言葉、何だか馴染みを感じる。それというのもゴロがつけやす

いからで、ゴーゴー(55)などのオンは昔から使われている。(郷ひろみさんは

このフレーズの音を今でも自分の売りフレーズとしているよう)多少なりとも

気分が高揚してくる響きだ。

 昨日、私はこの55という数字を迎えた年齢となった。55歳。55歳と言えば立派

な大人である。少し前は55歳の年齢は定年の年齢で、もう社会には必要とされな

い記号の一つだった。詳しくは知らないが、55歳定年制の時代は寿命が60歳か

ら70歳ぐらいを前提にしていたと聞いた覚えがある。現在は寿命が当時より長

くなり約80歳となって、定年年齢の前提が大きく変わってしまった。また年金

財政の問題で早くに定年を迎えても年金が速やかにもらえなくなった。今は選

択制だったか60歳からもらえるらしいが、これも数年のうちにもっと年齢が引

き上げられるだろう。とすると必然的にもっと働く年数を増やさなければなら

ない。55歳は、以前では社会年齢のテッペンだったけれど、現在はこのてっぺ

んから尾根の稜線が続くようになっている。このてっぺんから続く稜線をこ

れからも歩いて行かなくてはならない。これからの進む道は、これまでのように

がむしゃらで、一喜一憂も多く、明日の様子を気にするようなことは極力抑え

て、踏み固めてきた道を少し穏やかで懐かしく感じるように心がけ、これから

の道では周りの景色を楽しむように、また少し眩しく感じるように尾根を歩い

ていければと思っている。

posted by P.S.コンサルティング at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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