2015年07月19日

牡蠣のおいしさ

 独断で申し訳ないのだが、子供たちが好きな料理というのはカレーかハン

バーグ。それにエビフライ。さらにはオムライス。これらが定番というとこ

ろか。これらはお子様ランチをイメージして述べたものだが、55歳の私はま

だこれらのどれもが大好きだ。カレーの舌の上に乗るあじわい、ハンバーグ

の肉汁、エビフライの茶色の衣のなかの白い身、味付け自体が美味しいケチ

ャップ味のご飯。そのどれもが今の私にとっても子供と一緒に楽しめる食べ

物だ。

 子供がそれほどに好きな食べ物なのに親父はカレーが嫌いだった。母は私た

ち子供用のカレーをつくる鍋の横に父親用の肉鍋を用意していた。子供心にそ

ちらの鍋がすき焼きのように見えて、カレーよりも輝きを放っていたが、母親

は決して父親用の鍋を僕たち子供には食べさせてくれなかった。父親の食事

の好き嫌いはまだったようで、海のミルクと言われた牡蠣が嫌いだった。その

為、高校を出るまでに牡蠣を食べたことがなかった私が、浪人時代に初めて恐

る恐るだがカキフライを注文してみた。一口食べた後、ハンバーグの肉汁に

勝るとも劣らない牡蠣の汁が口の中に広まったことを昨日のように覚えて

いる。

 決して美しいと思えない捨て台詞調に元総理は言い捨てた。「そのデザ

イン(新国立競技場の)は生ガキのようで気持ち悪く、好きではなかった」

この元総理は何の因果かわからないが、大学の先輩でラグビーをやっていた

ようだ。自伝を読まれた方もおられるかと思うが、大学入学に関しても社会

にでて就職した際のエピソードもさわやかな感じのするものではなく、牡蠣

にあたったような苦々しい感じのするものだ。あれほどにおいしい牡蠣もタ

イミングを間違えれば猛毒にもなるもので、美しいものには棘があるのと同

じく、美味しいものには毒があるのだなと納得する。昔から彼の人は、知識

があるのかないのかわからない、礼も品も学もない言説を振りまく。もっと勉

強をすればよいのに、とかもっと本を読めばよいのにとか思うのだが、そんな

ことは彼にとってきっと取るに足らないことなのだろう。だからあの醜さが

今も強烈な力を放っている。牡蠣の猛毒のように。

 生ガキにレモン汁を少し絞ってかけて、ちゅるっと口に入れる。これだけ

でも生きててよかったと思うぐらいの幸せである。彼の人の捨て台詞になって

しまった生ガキが少し残念だとは思うが、彼の人は生ガキが嫌いなのだろう、

ということだけが救いである。

 牡蠣はRのつかない月には食べるものではないと世間で言われている。な

ので、本来の7月(JULYでRがつかない)は牡蠣にとっては出番のない月

なのだ。父親が牡蠣を嫌いだった理由は今もって不明だが、(こんど母に聞い

てみることにする)7月にそもそも牡蠣の話題をするのが牡蠣にとって迷惑な

ことかもしれない。

あの年齢になって、負け惜しみをあのような言葉で吐く輩が日本のある面のト

ップだとは。子供の悪ガキのような精神年齢である。あのような人には大人の

食事など似つかわしくなく、お子様ランチがぴったりな気がする。

 素晴らしい新国立競技場でオリンピックが開かれ、多くの選手の素晴らしい

プレー、パフオーマンスをビールと生ガキを食べながら見られることを本当に

楽しみにしている。
posted by P.S.コンサルティング at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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