になって来ました。3日前のブログで書かして頂いたとおり、
富士山に登ってきました。標高3776メートル。明治時代か
大正時代に測ったときには3778メートルぐらいあったとか。
年月が過ぎると富士山も背が縮むんだと妙に納得をしました。
梅雨がまだはっきりと明けきらないこの夏だが、1日目はバス
から雲海がはっきりと見え富士山は頭の上のほうに聳えたって
いました。綺麗な稜線を描いた美しい富士でした。ツアーは総
勢49名。一番若い人は小学生5年生の女の子であとは20代
の女性が二人(ご両親と4人で参加していました)あとはオジ
サンとオバサンばかり。なんだか鬱陶しいなと思ったら、案の
定三日間のツアーの中でその鬱陶しさが何回も現れました。動
じないし、周囲の目は関係ないし、お客の権利だけは存分に主
張するし(若い頃はみんなお淑やかだったんじゃないかと思う
のだけれど)夕方に5号目に着き、それから7合目まで歩きだ
す。夜の8時に宿舎に着いたのですが、その後も人はどんどん
登ってくる。蟻がずうっと何百メートルにも繋がっているよう
に。我々も1時間前にはあの列の一人だったんだな、と。翌日
は朝4時15分に出発。49人が順番に並んで出発。頂上には
凡そ12時ぐらいに着いたのですが、その寒いこと。下界は真
夏でも頂上には真冬が居座っているんだなと感心しました。頂
上にある郵便局は開局100年をこえているとのこと。頂上か
らオフクロヤ家で待つ子供達にハガキを書いて送ったのですが、
手がかじかんでしっかりと字がかけなかったです。お鉢(火口)
はあいにくのガスで、ほんの少し火口が見えました。残雪があ
り、とても印象深かったです。夕方に宿舎に戻り、翌日は8合
目から一気に5合目まで下るのですが、天候は大嵐でした。土
砂降りの雨の中で砂道を歩きました。所々溶岩のような土石流
の赤ちゃんが発生して、我々を振り向きもせずに追い越してい
ったのが驚きでした。5合目に到着したのは朝の8時過ぎ。そ
の頃にはもう1日の仕事を終えた夕方のような感じがしました。
5合目には高山病などで歩けなくなった人のために馬が数頭い
たのがびっくり出した。我がツアーのオバサンの親分格の女性
が馬に乗って5合目まで降りてきました。皇太后のようでした
ね。
帰りは川口湖畔のお風呂に入り、中央道を通り無事帰阪したの
でした。日本一の富士山に登って、よっ、日本一、というとこ
ろですかね。(単に自称です)
2009年08月11日
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ふじさん。
Excerpt: 今年、旦那さんと2人で富士山に登ってきました噂では頂上まで大渋滞で山小屋も寝るスペースは1畳の3分の1と聞いていました。旦那さんは学生時代に登ったことがあるけど、あたしは初めてで高山病が怖いなって思っ..
Weblog: さくらんぼBLOG★
Tracked: 2009-08-12 13:35
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