2017年02月22日

2月の賑やかさ

 暦に拠れば大寒が過ぎた2月の中ごろぐらいは陽も明るくなり、

だんだんと暖かくなると思ってしまうが、これが大きな錯覚。

2月はまだまだ寒さの底を備えており、油断は禁物。

待ち遠しい春に気が逸ってしまうために、寒さが余計に体に応

える。また今年はその変化が大きい。SNSでは今月2月の水

曜日、とあるところで半袖になるくらいの気候だったのが、翌

日の木曜日には雪が積もった映像が載っていた。本当のところ

は分からないが、今年は日本でもそれぐらいの寒暖の差がある。

1日で10度以上の変化。天気のジェットコースターだな。

 今年の2月は色々と喧しい。彼の北の国のトップの長兄(ト

ップは三男)がマレーシアの空港で暗殺されたというニュース

が飛び交っている。アメリカの大統領の話もあるが、2月の後半

はこの暗殺の報道でテレビのニュース、情報、バラエテイ番組が

うるさい。最近はお笑い芸人を登用して世相のニュースを報道し

ようとする企画も多くそれらも一斉に長兄のニュースを流している。

 時間の問題だったのだろう。5年前から三男による長兄の暗殺計

画があったらしい。長兄と三男は腹違いの兄弟で、長兄が国のト

ップを襲うという噂もあったが、結果は三男が7年前に国のトッ

プについた。その2年後に三男が長兄を殺害するという計画が立

てられ、実行するタイミングを測られ、5年後の今月に実現した

。長兄には息子がいる。二十歳を過ぎている。歴史はめぐるとい

う事になれば、長兄の息子も高い確率で歴史に残る行動を起こす

に違いないのではないか・・・

 大阪のとある市では8億の土地が実質に200万円で売り払われた

とか。それも国のトップの奥さんが長になるらしい学校の法人に。

隣接するほぼ同じ広さの土地は市が8億円で購入したらしい・・・。

学校法人の弁護士は市のチョンボと言い放った。市は赤っ恥だろう。

これから市はどう出るのだろうか?市は沈黙を守るのだろうか?

 今日は寒いです。明日は5度か6度気温が上昇するという。その後

はまた今日と同じぐらいの寒さ。今年の2月はにぎやかだ。
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2016年10月27日

長男が幼稚園の頃だったか、男の子なのである種当然のように昆虫に興味

を持ち、我が家でカブトムシを飼ったことがある。二頭。ホームセンター

で買ってきた飼育ケースにこれも買ってきた土(腐葉土?)をいれる。長男

は幼稚園から帰ってくるとケースを覗きこみ、土の中に入ってみえないカ

ブトムシの幼虫を観ていた。年子で生まれた長女である妹も同じように兄に

つられて覗き込み、二頭の名前を何度も叫んでいた。カブトムシケースは

私たちの部屋の奥の窓の所に置いてあり、私も二人と一緒によくケースを

覗きこんで、あれこれと話した。カブトムシは無事成虫となり、つけた名

前が「金」と「銀」。これは妻の発案だが、子供たちもすんなりと受け入

れ、我が家はその年の春から夏は「金」と「銀」が話題の中心となってい

た。夏が終わる頃、子供たちと話し合い、大阪の南にある山へ放すことに

した。私と長男がカブトムシを手に持ち、木の幹に置いた。カブトムシは

2頭とも動かずにいた。私たちはそれを少しの間見て、車に戻った。長女

は何も喋らなかった。車の中は勤めて妻が「金」と「銀」の未来について

陽気に子供達に語っていた。

 「金」と「銀」は子供たちの最愛の1番と2番だった。

  今日、私と妻は銀を冠する日を迎えた。銀婚式だ。結婚して25年、

結婚した日は25年後のことなど想像したこともなかったのに、この日を迎え

ることができた。25年を経て、子供が3人になり、長男は就職が内定し、

長女は社会人になり働いている。末の次男は高校2年生で、高校生活を

満喫する青春のファーストステージにいる。私は髪が真っ白になり、同

級生は定年のことを話題にする年齢になった。会社を興して14年でまだ

借入返済があり、まだ何を血迷うのかこれからさらに金融機関から資金

を借りようとしている。

 25年は銀で金は50年だそうだ。金婚式を迎えるときは82歳か。25年を

過ごせて来れたのは、なんだかんだは普通の夫婦のようにあったが、妻の

おかげ。暮らしのパートナー。大病もなく恙なく来れた。それと子供達の

おかげ。さらに母親。それにちょうど30年前に亡くなって、天から見守っ

てくれていると信じている父親。

 山に放ったカブトムシの「銀」とは同位になったが、「金」と同位になれる日は

まだこれから25年必要だ。妻と一緒にありがたみを積み上げて淡々と行くしかない。
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2016年10月13日

ミスコンテスト

美人コンテストの事らしい。コンテストだから参加した人の中で誰が一

番美人であるかということを決めることらしい。このミスコンテスト、

慶応大学での催しがなくなったそうだ。このことに関して識者らしい

立派な方々が意見を発せられている。ミスコンテストのくだらなさを

嘆いておられるのだが、どうも私には???と思うところがある。

ミスコンテストを目の敵のような言動も見られるのだがミスコンテ

ストは悪いのだろうか?ミスコンテストを開いて一番喜んでいるの

は参加する美人と自分で思い込んでいる女性たちなのではないか

と私は思っている。勿論それを見る私たちは「へえ〜。こんなきれ

いな女性が世の中にいるんだな」と関心はするけれど、それだけの

ことだ。どこかのテレビ局がコンテストの一位になった女性(それ

も慶応の)を採用しているやら何やらで、記事に書かれているけれ

ど、それが悪いことなのだろうか?ミスコンテストのグランプリに

なるような女性とは私は全く縁がないわけだが、どこそこの大学の

ミスコンテストのグランプリというのであれば、それはそれでニュ

ースとしてみる。古めかしい言葉でいえば親からもらった顔が美人

コンテストで一番になったというのであれば喜ばしいことではない

のか。一方で、顔の整形をして一位を獲得したというのであれば、

それはそれで良いのではないのだろうか?後でそのようなことを明

らかにして知らない人たちに伝えてやればよい。
  
コンテストは単なる遊びだ。(遊びが運命を決める事だってある)

 見栄えが良い女性をもてはやすのがいけないというのであれ

ば、自分たちで「見栄えが悪いが(器量は悪いが)、優しさが一

番コンテスト」とかを作れば良いのではないのだろうか?私の

ことでいえば、もしイケメンコンテストが開かれるようなことが

あって男子全員参加ということなら、一次審査までも行かなく

書類だけで落とされるような様子である。しかし、一位にな

ったイケメンはどんな奴か見てみたい。単なる好奇心からだ。

見た目で勝てなくても人間の価値は見た目以外の点にあると

信じているからだが(でないと私のような人間に生きていく

勇気が湧かない)

 今回の慶応のミスコンテストは主催する慶応の学生集団内

で何か事件のようなことが起きたから実施はされないようだ。

祭りの花の一つがなくなってとても残念な気がする。

ミスコンテスト(単に見栄えが良い美人コンテストとして)に

反対する輩こそが見栄えで人間の価値は大きく決まるという

狭い考えの持ち主と思えてならない。
 
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マーク

 皆さんはマークとロゴの違いをご存じだろうか?私もわからなか

ったのでググってみるとおおざっぱにいえば、マークは図形でロゴ

は文字だそうだ。マークもロゴも素晴らしい力を発揮するので、今

はとても重要視されている。近いと思える言葉にエンブレムやシン

ボルと言うのもあるが、ここでは置いておくことにします。皆さん

でググって下さい。

 このマークの力の強さを今十分に感じている。やはりこのマーク

の威力ってすごいんだな、と。どのマークかと言うと、車の初心者

マークのこと。車に乗られる方は全員その力の恩恵を被ったはずだ。

緑は若葉を表し、黄色は注意喚起の意味だそうで、きっと私が今

までに見てきた中で最も絶大なる力を持っているマークだ。

 現在、私が使う車にそのマークが貼られてある。

 理由は就職の内定が決まった長男が私の車を堂々と使ってい

るからだ。就職の内定が決まったら、自動車の免許を取ると決

めていた長男が、9月に鳥取の自動車教習所の合宿に参加し、晴

れて家に戻ってきた。教習所の卒業証書を携えて。帰阪した彼

はさっそく運転免許試験場に向かい、昼過ぎには試験をパスした

とLINEで知らせてきた。これで路上にでるドライバーが一人

増えたことになる。その日から、夜になって妻か私が助手席に乗

せられて彼の実地訓練の助手を勤めている。

 自動車教習の教官の苦労も少しは分かろうというもの。私の

高校時代の友達が途中で自動車教習所を辞めたと昔、私に話し

たことがある。教官の言葉に納得いかなくて、腹を立て、その

教習所をやめたそうだ。当時(約30年前)はそんな話が少なから

ずあった。現在は競争が激しいので厳しい教官も殆どいなくな

ったように思えるが、助手席に乗ると教官の気持ちになる。

毎日、毎日、一日中、生まれたてのヒヨコが歩き出すような運

転をする何人もの教習生の横に乗って、運転を教えるストレス

が、大きく溜まって行ったのだろう。今では想像できるが、習

っている側は、それはそれで一生懸命なので理解できる余裕が

ない。そのストレスが助手席にいる私にかかってくる。

 練習で家に帰って来た際にはジュットコースターを乗り

終えた気分になる。安心というか、終えた安堵感と言うか、完

遂した満足感というか・・・

 私の車に貼られたマークがこの1年間彼を守るだろう。それ

ほどにパワーのあるマークでることを今さらに認識している。

 この若葉のマークの威力がなくなる頃、彼は左胸に新たな

マーク(バッジ)をつけることになる。このマークは会社の一

員としての社会的責任をまとったものだ。会社のマークをリ
ーデイングできるような社会人に一日も早くなってもらいた

いと思う。

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2016年09月02日

秋の響き

台風が過ぎて突然に子どもの声が良く響くように感じる。昨年の

秋の終わりから弊社事務所は堺市の実家の近くに移った。元々は

私が小さいころに住んでいた工場の2階を改装したもので、家か

ら歩いて50Mぐらいの所にある。事務所の隣が保育園だ。この

保育園は歴史が長く、現在の園長先生が3代目だと聞いている。

その保育園の子供の声が、台風が過ぎてからよく聞こえるよう

になった。

 以前から夏が終わるシグナルと言うと、朝夕が突然に涼しく

感じられたとか、蝉の啼き声がいつの間にか聞こえなくなった

とか、人によっていろいろ感じるところがあるだろう。私には、

音や声が良く届くようになった、鮮明にビビッドに聞こえるよ

うになったというのが秋のシグナルの一つだ。

 今年の夏は過去最高に猛暑日が多かったそうだ。温暖化

の影響かと耳慣れたことを言われてもどうなるものでもな

い。人類がもたらしているであろう温暖化に関係なく地球

の周期が暖かくなっている時期なんだ、とかいくつかの意

見があるが、本当のところはよくわからない。わかってい

るのは猛暑日が過去最高に多かったことだ。皆さまお疲れ

様です。

 今年の夏はオリンピックで始まりオリンピックで終わっ

た。日本の各選手も最高のパフオーマンスを出して、多く

の感動をもらった。何よりも陸上の100M×4リレーで銀

メダルを獲得したのは快挙の中の快挙と言っていいのでは

ないか。ちょっとポイントがずれているかもしれないが、

農耕民族が狩猟民族相手に短距離走で秀でるなんてそりゃ、

猛暑日も過去最高になるはだ、なんて一人呟いていたりする。

 まっすぐな感動もありがたかったが、のどにひっかかっ

ていることもある。

 毎年のヒロシマナガサキの慰霊で、首相がスピーチをする

のだが、世界唯一の被爆国としての核被害の惨さのメッセー

ジを伝えているのに、その時間が過ぎればたちまちに世界に

向かって「核先制使用反対」に反対をするのはどういう事な

のだろうか?

 彼のすべて表現、行動、思考、対応その他すべてが虚ろで

表面的で、自分が持つ権力を子供のおもちゃのように扱うこ

とがどうしても引っかかる。想像力と読書(教育)の欠如と

決めつけても仕様のないことだが、時間を経るにしたがい、

障害となるものを生じさせることなく不毛な行方へ進んでい

くように思える。再びの悪夢は要らない。

 今も隣の保育園では音楽に合わせて子供たちが遊戯を行っ

ている。秋の運動会に向けての練習だろうか?若い先生が吹

く笛の音がやたらにこちらに響いてくる。秋が訪れていますね。
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2016年08月05日

学生時代からの夢

 学生時代からの夢がいくつかある。他愛もない夢だ。そのいくつか

は20歳代にこなしてきたがまだ多くが残っている。アメリカ大陸横断、

国際列車の乗車、カリブ海に面した砂浜でビールを飲むとか・・・。

アメリカ大陸横断は学生の卒業旅行で今のバッグパッカーのようなこ

とをしてグレイハウンドバスにはホテル代わりに世話になった。国際

列車は、本当はシベリア鉄道かオリエント急行に乗りたかったのだけ

れど、チャンスがなく、シンガポール発クアラルンプール行の列車に

乗った。カリブ海に面した砂浜はユカタン半島のカンクンで1日だけ

満喫した。残っているのがリオのカーニバルを見る事だ。

 この夢が適うかどうかはまだ時間が残っているのでわからないが、

是非実現してみたい。実際に見てきた友達から話を聞けばその欲望は

高まるばかりだ。

 そのリオで4年に一度のスポーツの祭典が今日開会式を迎える。

 聴いたところによれば南アメリカ大陸で開催される初めてのオリン

ピックだそうだ。南米の大国ではブラジルとアルゼンチンが挙げられ

るが、やはり経済規模ではブラジルが上なのだろう。それに首都は

ブラジリアだが、ここはUSAのワシントンのようなもので、政治

都市であり経済都市ではない。首都で行われないオリンピックの一

つである。

 有体に言えば、開催決定から開催実施までの熱狂のエンディング

が始まるわけだが、そのエンディングがクライマックスと共に終わ

る。治安などの問題が大きく課題として続いているが、戦争のクリ

スマス休戦ではないが、オリンピック平安としてこの期間は平和な

時間となることを願うばかりだ。

 日本の選手の活躍も勿論待ち遠しいが、それ以上に選手の人たち

の競技としての成果が楽しみである。結果としてのメダルも素晴ら

しい。素晴らしいが真に感動を与えるものはメダルまでのプロセス

である。

 今回のリオの祭はテレビを通して十分に満喫できそうだが、実は

もう一つ夢がある。自分が住む国でのオリンピックの開催を迎え

る事である。東京オリンピックは幼すぎて記憶がない。4年後の

東京オリンピックは自身還暦を迎えるが十分に楽しめそうだ。

 学生時代からの夢は果たせたり、まだ課題として残ったり、

色々だ。
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2016年07月04日

赤の思い出

今朝も梅雨はどこかに行って不在。夏の日差しが今日1日を充分に

照り付けてくれそうな予感。夏らしいのは季節なのでそればそれ

でよいが、体調管理の注意が必要。

 夏の真っ赤な太陽ではないが、数日前から我が家のリビングの

本棚には幅5センチメートルぐらいあるだろうか、真っ赤な色を

した本が威厳を放っている。クリエイティブの世界では金赤と言

う色があるが、それは華やかな赤色。本棚にある本の赤はどちら

かといえば鉄分を含んだちょっと恐れ多い感じの赤色だ。その本

棚の前に神妙な顔をして問題集を読み込んでいる高校2年の息子が

いる。高2の息子が最近リビングを占領している。我が家は決し

て広いとは言えないが、子供たちには各自の部屋がある。自分の

部屋に入らずに家族が集まるリビングにいるのだ。今日から1学

期の期末試験らしくその勉強のためにリビングにいるという。私

たちの時代には自分の部屋がなく家族がいるリビングや居間では

勉強ができないと誰かが言っていたのを思い出す。しかし、次代

が変わったというのか、何かの調査で日本の最高学府の最高大学

の学生の意見ではリビングで勉強をしていたという学生が多いら

しいのだ。

 高校生が勉強をするというのは結構なことだが、リビングには

我が家で一番大きなテレビがある。私がテレビをよこで見ている

のを構わずに試験勉強をしている。五月蠅いのに頭に入るのだろ

うかと訝るこちらの都合はもろともせずに鉛筆を動かしている。

その姿を赤い本は認めているようだ。K赤のほんの背表紙には立

派な大学の名前が書いてあるが、高校2年生からこのような受験対

策本を活用するとは。学校の伝達が刺激的なのか、本気でその学校

に入ろうとしているのか、はたまた私なんかがやっていたただ単に

本棚の風格を上げるためなのか・・・

 受験生対策に必要とされる赤本がリビングの本棚に2冊ある。先

ほど述べた幅5センチメートルはあるかと思う赤本と1センチメー

トルほどの赤本。幅の細い赤本は長女が大学対策に使ったらしいも

の。その圧力は天と地ほどの差はある。長女に言わせると願書を大

学に提出した時に大学から送られたというもの。本当?と野暮な確

認もせず、デコレーションとして本棚に挟んである。学生の本棚に

は必需品の大学対策赤本だが、これから大学入学が決定するまで、

高みから受験生を眺めるのだろう。
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2016年07月01日

梅雨の晴れ間

今日は昨日までの梅雨空と一転して晴れ模様。天気予報士によれば

梅雨の中休みという事らしい。中休みは待っていたぞ、とばかりの

気持ちが出てくるから張り切りすぎてしますう。夏真っ盛りの暑さ

はその強さを呆れるぐらいに発揮するのに、中休みは調子に乗って

しまうような危うさがある。ほどほどにしていただかないと夏の盛

りには注意してかからない熱中症に囚われてしまいそうだ。

 EUの離脱を表明したイギリスに対する姿勢が厳しい。こちらは

中休みの調子に乗ってということではないようだ。離脱派の勝利は

多くの知識人や知性派の人々の思惑を超えて、部屋の片隅に存在し

ていた溜まった空気のように存在感を発したが、離脱派は調子に乗

って(ちょっと言い方が悪いかもしれないが)勝利した意思を具体

的プロセスに落とし込めていない。離脱派のリーダーだったブロン

ドの子ダルマは首相になることを拒んでいる。もう一人のリーダー

候補がいるようだが、ジャーナリズムに載る様子を見ると、多くの

人を牽引できる虚勢で造られた迫力と空虚な激しく強い自信が感じ

られない。ブロンドの子ダルマよりはその風貌からスマートと見え

るかもしれないが、口元に卑しさが少し感じられるのは私だけだろ

うか?

 拒否されたEUは自分たちの存在感と面子と沽券の関わりからそ

の離脱を強く英国に求めるだろう。その一方で(裏では)きっと引

き留め工作が進んでいるに違いない。理由はそれが政治だからだろ

う。矛盾しているようだが、それが政治なのだろう。

 英国のEUから離脱表明は、夏真っ盛りの日本におけるゲリラ豪

雨のように大きなニュースにはなるけれど、また被害はゼロには押

さえられないが、基のインフラを大きく崩すようなことはないよう

に願いたい。

 移民により自分たちの生活や権利が脅かされている事実を持って

、歴史の逆行を示唆する意思表示を行い、何千万人もの命を奪った

戦いを許した道を振り返り進んでいくなんてことは、人類の知性が

疑われることになるのではないか・・・なぁ・・・。
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2016年06月30日

梅雨の衝動

ここしばらく、梅雨の梅雨らしい天気が続いている。冬の季節と

夏の季節のぶつかり合いが日本列島の上空で起きているというが、

この戦いなかなか勝負がつかない。勝負がつかないおかげで、地

上には雨が降り続いている。勝負がつかないから大地には雨の恵

みを与え続けるというのも変わった趣向だが、雨空を見るたびに

気持ちは晴れない。南の島では降り続く雨が画家による殺人を引

き起こすこともあったようだが、この溜り溜まりつつある鬱積を

どうにか吐き出すことができたらとは思わないではいられない。

 6月は日本には雨だが、欧州では梅雨と言うものがなく、6月周

辺の季節は欧州では1年で最も気持ちのよい季節だ。(ジューンブ

ライドという言い方が言い表している)その気持ちの良い季節にま

さしく晴天の霹靂という事態が発生した。

 英国がEU離脱の国民投票を行い、離脱派が勝利した。

 欧州の集合は果たしてイギリスなしに営んでいけるのだろうか?

EUはご存じのように2回の大戦の舞台となった欧州で、もう2度と

(2回起きたが)戦争を起こさないという趣旨と意思の下に始まった

集合(つながり)の発展形である。フランスとドイツが強い紐帯を

意図し英国をはじめとした他の国々が支えてきた。元々欧州に戦禍

をもたらさない構想はイギリスの宰相チャーチルが第2次大戦後誰よ

りも早くとなえた概念だ。欧州大陸の有り様は歴史的に常に島国で

あるイギリスにも直接に関係している。

 伝え聞くこところに拠れば高齢者は離脱を支持し、若年層はEU

残留を指示していたという。またそもそも連合王国だったイギリス

の各王国がEU離脱勝利で終わった国民投票に異を唱え、残留の動

きが始まったという。(スコットランドや北アイルランド、リバプ

ールやロンドンも)国民の意思が国の動きを左右するというのは民

主主義の根本である。ただ、「その後」を持たない衝動だけの(移民

に反対という)国民の意思が勝利した時には大きな落とし穴が待ち構

えているに違いない。

 EU離脱の意思がイギリスを一時席巻したが、祭りの後の落ち着き

の中で自分たちはこれからどのようになって行くのか、リーダーは誰

なのか、を充分に考え話し合い、道筋を示してほしいと思うのだ。道筋

が示さなければ再考するというのも重要な選択肢の一つであり、表示後

の新しい判断で修正が有効になるというのも民主主義の大きな力だ。
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2016年04月01日

新年度

今日は曇り。季節風に言えば花曇りと言ったところか。機能の夜遅くか、

明け方なのか雨が降ったのか、車の天井に水の粒が多くあった。その雲

がまだ大阪をおおっているのだろう。

 別れの季節が終わり、出会いの時が始まりましたね。自分にとっては

何が別れで、何が出合いかのかよくわからない年齢になって来たけれど

も。別れといえば、独立以来お付き合いいただいた企業様との契約が終

わり、役目が終わったこと。契約いただいたときには右も左もわからな

いコンサルタントで、診断士資格の知識と広告業界での経験しかない自

分だった。それがなんとかかんとか13年も、紆余曲折はあったけれど、

事業をやれて来れたのは、その企業との契約が出発点だったと言えるか

もしれない。毎月毎月役員会議に出席し、意見を述べ、会社が成長する

方向への標を言及させていただきました。30歳前の若手社員だった人た

ちは40近くの中堅社員になり、会社の屋台骨をさせている。このまま実

力を発揮していってもらいたいと願っています。

出会いといえば、新しい事業で、本当に本当に、言葉の意味での地域密

着の学習塾を始めたことか。先生は私が勤めている。昼のビジネスでは

各企業様の研修やコンサルをメインに夜は学習塾で子供たちの講師を務

める。人を活かすすべをコンサルで学んで、これを子供たちにうまく応

用できれば多くの大学生が講師を務める塾や企業経験がない人々が講師

を務める塾とは多少差別化ができるかもしれないと仮説を立てている。

学習塾のターゲットは自分が卒業した小学校と中学校の卒業生。事業な

のでうまく転んでくれれば良いのだけれど・・・これは一生懸命に頑張

って、天命を待つしかない・・・か。

新年度もありていだけれど必死に頑張っていくしかない。これはずうっ

と変わらない。子供が大学を卒業して就職し、家庭の在り方も少しずつ

変化をしていくけれど、これは新年度を迎えた嬉しい変化として自分の

刺激としていきたい。

皆さまの新年度は如何でしょうか? 今日は花曇りでも明日は晴れます

ように。
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2016年03月02日

56回目

今年一番の寒波が日本列島を覆っています。今朝も大阪の最低気温がマイナス

になるほどです。長崎では49年ぶりに積雪の記録更新だとのこと。寒波は奄美

諸島まで南下しており、沖縄でも本州並みの真冬らしい。やっと冬がやってき

たという感じ。

 新年度になって株価の下落が激しい。原因が原油安や中国経済の減速など色

々と述べられている。それもどれもがきっと正しいのだろうけれど、万事塞翁

が馬などと言って知ったかぶりをしても仕様がないし、先のことは全く分から

ない。いつの時代でもそうだ。

 56回目の年を迎えます。別にこれと言って感慨があるわけじゃない。歳くっ

たなあ、と思うのは何かの書類の年齢欄に数字を書くときだけ。56歳って結構

な年齢だな、と思うのは子供が大きくなってきたから。子供が大きくなってき

たからトコロテンのように押し出されて自分が年を食っていくのか、自分が年

を食っていくからそれに引っ張られて子供が大きくなるのか、意味のないこと

を考えるけれど・・・末の子供は高校生になっているし、娘の友達からは結構

式の招待状が娘に来るし、長男の友達からは就職が決定した連絡があった。同

窓会では‘来年のこの会には参加できない奴が出てくるかもしれない’という

ような締めの言葉で、声高に叫んでいる奴の頭は真っ白だ。その隣の男っぷり

が素晴らしかった陸上部の主将も今では、髪の毛を1本1本大事にしなくてはい

けなくなり、お腹がつっかえて座っている椅子を前に出すことも一苦労なよう

で・・・片や自分は酒がめっきり弱くなっていることを自分にいい気かせなが

らコップの酒をちびりちびりと飲んでいる。

 56回目を迎えてもまだまだまだまだ頑張らないといけないことは明白で、ま

た頑張れる内容を設定できることに感謝をして、自分の未熟で非力を何とかう

まくやり過ごしていくしか生きていく道はないわけです。自分一人では何もで

きないことの理解がようやく、寒波がもたらす憎たらしいくらいにどんよりと

した灰色の冬雲のようにどっかと自分の中に居座っている。いつかこの雲が晴

れて冬の晴天が来るかと期待しているのだが、残念ながらその気配は一向にな

い。仕方なくいつまでも知れず付き合っていくしかないと自分に言い聞かせる

だけ。

 ・・・54回目も過ぎて、55回目も過ぎて、56回目を迎える。ただただ周りに

感謝して体の健康に気遣いながら、足元にこぼしていくものを極力少なくする

ように警戒しながら地平の向こうの春の光を目指すしかない・・か。
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2016年01月04日

あけましておめでとうございます。

 正月3ヶ日が無事終わり、仕事始めの今日4日。今日が仕事始めの

初日。今年は申歳で、元日の我が家のポストにもありがたいことに

沢山の申がやってきました。申と共に書かれている名前やイラスト

を見ながら、懐かしい人や新しい交遊をもつ人々たち、これらの方

々と縁を持たせていただいているのだなと改めて感謝する次第です。

一方で、賀状で消息を欲しかった人から届かなかったのはやはりど

こか淋しく、だんだんと縁が薄れていくような感じがしてしまう。

でも最近は、同窓会やFacebookでまた縁が復活することも

ある。その時の喜びに取っておこうと一人納得してしまう自分がい

るわけです。

 新年を迎えて今年の我が家の変化とすれば、長女が社会人になる

こと、長男がようやく留学の季節(この2年で2か国に留学していた)

を終えて、就職活動に入ること。新事業を始める事。結婚生活が25

年目に入ること。それと次男が高校2年になり、大学受験の準備に

入ること・・・。(高校受験を終えたらすぐに大学受験の準備とは

・・・最近の高校も本当に大学受験の情報を早くから入れるように

なった気がしないでもない)

 新事業を始めることで、大阪で設けていた事務所を引き上げ、堺

の実家の近くに戻ってきた。新しい事務所は元々自分たちが住んで

いた家と工場(会社)で、工場の事務所を改装して新しい事務所にし

た。工場の事務所部分は活用していたのだが、事務所に隣接する住

居だった空間はそのままに手を付けずにいた。中学、高校時分に使

っていた部屋に入ると、天井に貼ったモトクロスのポスターがその

ままあり、ポスターを眺めると、逆にポスターも懐かしくこちらを

見ているようであった。ポスターは元々西日を受けたような色だっ

たが長い時間が押し寄せたのか幾分セピア調となっているような気

がした。そのほかにも当時のままのものが空間のそこかしこにあり、

少しだけ時が戻るデジャブを感じた。

 新事業の内容は教育関係。現在も経営コンサルとして人材育成の

エリアを主としているが、その拡大版といったところか。成功する

かどうかはやって続けて見ないと解らないが、地元の生活圏で事業

をやること。地元にはやはり知り合いが多くて、名前を知ってもら

う人が多いこと。子供たちが大学を終えること等、事業が成功する

追い風となる要素は数多くある。あとは商品を磨き上げていくだけ

である。

 とまあこんな感じで、今年が始まります。この文章を読んでいた

だいた皆さんの今年は如何でしょうか?皆さんにも良い申歳になる

よう衷心よりお祈り申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い

いたします。
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2015年12月07日

頭文字

世の中には一生涯見ることがない単語が沢山ある。大学入学のとき

にお世話になった人が「辞書を読んでいる」と言ったことに、私は

すごく衝撃を受けたものだ。辞書は‘引くもの’(調べるもの)で

あった読むものではないと当時の18歳の私は思っていたのだ。辞書

の他に「現代用語の基礎知識」やこれらに類するモノがその後数多く

出てきた。分厚く重たく鞄に入れるものではなく本棚に鎮座させるも

のだと思っていた。この中のいくつの単語を知っているのだろうか、

と学生時代殊勝に思ったものだが、マルクスの資本論と同じく、読み

始めて少ししてまた部屋の飾りとなった。

 これら知識としての単語はきっと不変なものだろうけれど、続々と

日々が重ねるにつれて新しく言葉が生まれる。どんな言葉かというと、

頭文字をとった単語だ。OECD(経済協力開発機構だったか)とか他色々。

ウルトラシリーズに出てくる正義の部隊も頭文字だけで発音するので、

直接に意味が解らないものがあった。サンダーバードは日本名「国

際救助隊」だったかというので、意味が解るが、世の中に煩雑に躍

り出ている頭文字だけを取った単語の言葉は勉強が不足している私に

はよく意味が解らないものが実に多い。

 スペクター。最初はこれだけでなんかの意味があるのかと思ってい

た。それらしい響きがあったからだ。しかしこれはいくつかのシリー

ズの作品の中に出てくる組織名の頭文字を取ったものらしい。それが

今作の組織の名前になっているのだから何が何だか分からなくなる。

50歳のボンドガールを配役した今回の007は、今までと変わりなく、

いや今まで以上に面白い内容だった。個人的には導入部分のメキシ

コで行われている「死者の日」がとっても興味深く、この祭りは本

当に毎年催されていて、これを映画の舞台にするとは、なんとセン

スの良い作品だと感じ入った。(映画は是非皆さん、ご覧になって

下さい。盛りだくさんすぎるほどに満載されています)さてスペク

ター。綴りはSPECTRE。語尾のアルフアベットがREとなっ

ているので、私は最初‘スペクトレ’と呼んでいて、何のことだろ

うと解らなかった。伸ばすのならREではなくてERだろ、と思っ

たのだが・・・。スペクターが組織名で、綴りは今までの007が関

連した組織名の頭文字を取ったものだという。また作品のモチーフ

となっているのは蛸でこれはオクトパスだろうと・・・スペクター

という単語はダブルミーニングでもなく、単なる遊びとして頭文字

と組織名を掛け合せたものなのか、と今も少しモヤモヤしている。

 頭文字だけの言葉。これが辞書に入ってくるとは思えないが、現

代用語の基礎知識の類にはこれからも含まれていくに違いない。言

葉の増加が文化の進歩というものなのだろうか。まあ使わなくなっ

た死語というものもがあるから、言葉は増えているのか減少してい

るのかホントのところは不明だ。しかし、ややこしいには変わりは

ないな。
 
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2015年12月06日

新の始まり

 今年の年の最後の月に入った。残りの日数が秒読みに入った。この月は

世間では師走と呼ばれていて、師も忙しく走り回るという事らしい。忙し

く走り回る月が始まる少し前に弊社P.S.コンサルティングは引っ越しを

行った。引っ越し先は家から50メートルぐらい離れたところ。実際に新し

い事務所から息を止めて家まで走れ、と言われれば走れるくらいの距離で

ある。大阪市から堺市へ。家のある住んでいる町へ帰ってきたという方が

適切なのかもしれない。

 新しい事務所は3階建ての町工場後の2階。3階には40平米ぐらいの

スペースがある。この2階を改装して新しく事務所仕様とし、3階をイ

ベントスペース仕様?としてこれもきれいにした。この年齢になって新

しく建物の改装費を借り入れなんて、ある人には褒められるし、ある人

には感心されるし、ある人には激励されるし・・・自分でもこれからも

うひと踏ん張り、まだまだ仕事を頑張らないといけないな、と思うわけ。

 この事務所は実は私が中学1年から浪人まで過ごした建物。隣には70

坪の典型的な町工場の建物がある。その工場には昔は(40年ぐらい前)

10数人のおじさんが働いていた。2階は私たちの住居の居間と工場の事

務所、それに3階には4つの部屋ある私たちの住居であった。2階の事務

所兼居間を取り潰して広いスペースにし、3階の4つあった部屋をこぶち

抜いて2つの部屋にしたと言う次第。もともと実家の工場は私が生まれた

時には10年ぐらい経った会社で、その町工場を数年前に4代目社長が閉鎖

した。業歴はざっと40年強ぐらいか。私は生まれて、西の方角にある堺

旧市街の幼稚園に通い、北にある小学校と東に位置する中学校に通い、南

の坂の上の高校へ通って、上方で浪人生活を経て都の西北の大学に入るま

で、過ごした建物である。

 この場所で事務所を新しくして、新しい事業を起こそうとしている。

 思えば今までの私の人生、そんなに遠くへ行ったわけでもなく、故郷に

錦を飾るほどに活躍してきたわけでもない。自分なりに精いっぱい働いて

きて(まだまだ足りないかもしれないが)家庭を持ち、3人の子供も大過

なく過ごしている。

 生まれた場所に戻ってきて、これからはじまる『新さ』に原点を感じて

いるのは、やや感傷的すぎることかもしれない。
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2015年07月25日

坂の上の門

何だか題名だけをみれば「坂の上の雲」(司馬遼太郎)と「青春の門」

(五木寛之)を組み合わせたようなものだが、全く大それた意味はない。

ただ、坂を上ったところに学校があり、その門のことを述べている。

 私が通っていた高校の名前は隣接する三つの国を眺める丘というとこ

ろからきている。だから丘の上にあり、その丘に続く坂を3年間通った。

長男が通う大学は駅の改札を出たところから始まる坂をずっと上がった

ところにある。長女が通う大学は大学構内に山があるくらいの学校でキ

ャンパスを歩くとちょっとした山登りの感覚を味わえる。末っこの次男

の通う高校は山の斜面を切り開いたようは学校で、断崖絶壁に階段をつ

けたのではないかと思うぐらいの坂を上る。この坂を妻は次男と一緒に

暑い日盛りの下休憩を入れながら登っていった。因みに次男が通う高校

は長男の母校でもある。なので、長男は高校・大学の通学で相当に足腰

を鍛えられた。(ありがたい)

 楽しい夏休みだが、この夏休みに入る前にほとんどの学校では懇談会

がある。これが何とも言えない学生にとっては嫌〜なイベントである。

高校に入って、つま先から頭のてっぺんまで体全体の色が変わるのでは

ないかというぐらいに驚くのが、その学習のレベルの差である。幼児プ

ールで泳いでいたのが突然に公式競技用のプールで泳がされるのではな

いか、と思われるぐらいに格段という言葉では言い表せないぐらいにレ

ベルがあがる。なので、多くの生徒が勉強についていけない。恥ずかし

い話だが私も欠点バリバリ。夏休みや冬休み、春休みの日にち数ではない

のかと思うぐらいの数字の点数がいくつも。今でも当時の点数を思い返

すと赤面しそうな自分がいる。

 この懇談会に次男が向かった。結果は惨敗。新入幕が横綱に

挑むようなもの、中学生がイチローに臨むようなもの。中学生

と高校生のレベルの差に打ちひしがれたようであった。

 担任の先生に言われた叱咤の言葉に、何とか負けん気を奮い

立たせる若さがあったのが救いである。こちらは次男の肩を小

さくしてうつむきしょんぼりする姿を見て、笑いをこらえるの

に必死である。彼もこれから坂を上り始め、雲をつかむよう

な助走をし始める。同時に厚く重たく大きな門をたたき自分だ

けの扉を開いていく。

 こんな親の感傷めいた気分を一蹴し、二男は「待っていまし

た」とばかりに日本の三大祭の天神祭へと友達と一緒に出かけ

た。テストの点数は野球の打者の打率のようだが・・・

 夏休みはこれから本番へと入っていく。

雲は高く白く、門は厚く重く。次男の在り様はまだまだ私を楽

しませてくれそうだ。
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2015年07月19日

牡蠣のおいしさ

 独断で申し訳ないのだが、子供たちが好きな料理というのはカレーかハン

バーグ。それにエビフライ。さらにはオムライス。これらが定番というとこ

ろか。これらはお子様ランチをイメージして述べたものだが、55歳の私はま

だこれらのどれもが大好きだ。カレーの舌の上に乗るあじわい、ハンバーグ

の肉汁、エビフライの茶色の衣のなかの白い身、味付け自体が美味しいケチ

ャップ味のご飯。そのどれもが今の私にとっても子供と一緒に楽しめる食べ

物だ。

 子供がそれほどに好きな食べ物なのに親父はカレーが嫌いだった。母は私た

ち子供用のカレーをつくる鍋の横に父親用の肉鍋を用意していた。子供心にそ

ちらの鍋がすき焼きのように見えて、カレーよりも輝きを放っていたが、母親

は決して父親用の鍋を僕たち子供には食べさせてくれなかった。父親の食事

の好き嫌いはまだったようで、海のミルクと言われた牡蠣が嫌いだった。その

為、高校を出るまでに牡蠣を食べたことがなかった私が、浪人時代に初めて恐

る恐るだがカキフライを注文してみた。一口食べた後、ハンバーグの肉汁に

勝るとも劣らない牡蠣の汁が口の中に広まったことを昨日のように覚えて

いる。

 決して美しいと思えない捨て台詞調に元総理は言い捨てた。「そのデザ

イン(新国立競技場の)は生ガキのようで気持ち悪く、好きではなかった」

この元総理は何の因果かわからないが、大学の先輩でラグビーをやっていた

ようだ。自伝を読まれた方もおられるかと思うが、大学入学に関しても社会

にでて就職した際のエピソードもさわやかな感じのするものではなく、牡蠣

にあたったような苦々しい感じのするものだ。あれほどにおいしい牡蠣もタ

イミングを間違えれば猛毒にもなるもので、美しいものには棘があるのと同

じく、美味しいものには毒があるのだなと納得する。昔から彼の人は、知識

があるのかないのかわからない、礼も品も学もない言説を振りまく。もっと勉

強をすればよいのに、とかもっと本を読めばよいのにとか思うのだが、そんな

ことは彼にとってきっと取るに足らないことなのだろう。だからあの醜さが

今も強烈な力を放っている。牡蠣の猛毒のように。

 生ガキにレモン汁を少し絞ってかけて、ちゅるっと口に入れる。これだけ

でも生きててよかったと思うぐらいの幸せである。彼の人の捨て台詞になって

しまった生ガキが少し残念だとは思うが、彼の人は生ガキが嫌いなのだろう、

ということだけが救いである。

 牡蠣はRのつかない月には食べるものではないと世間で言われている。な

ので、本来の7月(JULYでRがつかない)は牡蠣にとっては出番のない月

なのだ。父親が牡蠣を嫌いだった理由は今もって不明だが、(こんど母に聞い

てみることにする)7月にそもそも牡蠣の話題をするのが牡蠣にとって迷惑な

ことかもしれない。

あの年齢になって、負け惜しみをあのような言葉で吐く輩が日本のある面のト

ップだとは。子供の悪ガキのような精神年齢である。あのような人には大人の

食事など似つかわしくなく、お子様ランチがぴったりな気がする。

 素晴らしい新国立競技場でオリンピックが開かれ、多くの選手の素晴らしい

プレー、パフオーマンスをビールと生ガキを食べながら見られることを本当に

楽しみにしている。
posted by P.S.コンサルティング at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年06月29日

梅雨の青空

 今日は梅雨の中休み。先週はほぼ一週間出張だったので、大阪で机に座るのは

4日ほどぶり。出張先でも雨がジトジトと降り続くどんよりの空。さらに悪い

ことに梅雨寒に引っかかり風邪をひく始末。仕事には大きく影響をしてしゃ

べり声は昔の森進一ばりの声。気の毒に思ってくれた受講生の一人がのど飴

をくれました。ゆっくりとなめて無事仕事は終了いたしました。

 今日は忘れていたような青空が広がっている。空中には雨のしぶきが何

やら残っているのかその陽射しも見た目ほどに強くはない。夏の突き刺す

陽射しまでにはまだ時間がありそう。この梅雨の中休みの青空が一番美し

いのは、私は沖縄なのでは、と思っている。旅行や仕事で沖縄には何度か

行ったことがある。梅雨の時期に沖縄には旅行はしないので、おそらく

この時期に仕事でいったのではと思っている。沖縄の梅雨の合間の青空

は、海の青を映したような間接的なものではなく、空自体が本来的に青

色を持っているのではないかと思うぐらいの強い青だ。それも抑揚のな

い一面に張りつめた青色をしている。残念なことに最近は梅雨時期の沖

縄の仕事はないが、いつかまた梅雨の中休みの沖縄の青空を見たいと思

っている。

 この青空をいつくしむ地の2大新聞がつぶれたほうが良いとの発言を

被っている。発言した人は立派な人だ。作家である。他の作家が同じ

発言をしたらこのような問題にはならなかっただろう、と仰られてい

る人だ。当り前だろう。他のどんな作家が新聞社をつぶしたら良い

と言うのだろうか?この作家はベストセラーの作品を次々と生み

出した。ゼロ戦やら石油会社の社長の物語など。作品はとても素晴

らしく思う。読んだわけではないが、新聞の書評を読み、ネットで

の反響にも目を通した。エンターテイメントでは素晴らしい才能を

持つ人なのだろう。これだけの範囲で活動すればよいのにと思うの

だが、如何せん政治的な発言が好きなように思える。もともと在阪

のテレビ局の作家だったかで、人が喜ぶコツを知っている(本人い

わく)らしい。確かに氏が担当していた番組はヒット番組だったら

しい。そんなエンターテイメントで才能あふれる作家なのだが・・・

 氏にはぜひ沖縄での青空を堪能していただきたい。素晴らしい青空

は一本の毛も残っていないスキンヘッドにきれいにその青さを投影

するだろう。エンターテイメントの世界の範囲内だけで素晴らしい

スキルを発揮してほしいと思うのだけれど・・・言論の自由、報道

の自由は他人を貶めることや、また揶揄することや、自分の思いを

すきなだけ言っても良いということではないだろう。そんなことは

小学生でも知っていると思うのだが・・・
posted by P.S.コンサルティング at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年04月09日

今年のさくら

 今日は4月9日。例年の春のさくら狂想曲が終わりかけのところに季節外れ

の雪が日本列島を覆った。ピンク色のさくらの花の上にはそれこそ綿菓子の

ような白い帽子が小さな山のように積もっている。小さな山も気まぐれな気

候で1日経てば消えてしまう。小さな帽子がなくなれば、いよいよ葉桜が桜

の花びらを追い出してしまう。葉桜の出現とともに新年度や新学期が動き

出した。

 晴れて我が家の末っ子の次男坊も新入生となった。仕事柄、企業の新

入社員の研修をいくつかの企業で行わせてもらっているが、初々しいと

いう言葉が感じられる。自分にもその頃があったのだと、ほんの少しは

昔を思い出したりする。次男坊は新高校生となり、電車通学を始めた。

中学には徒歩での通学だったのが、ある日から定期を携えた電車通学と

なった。彼にとっては定期を持つことだけでも大人の気分を味わったこ

とだろう。それに人生初の電車通学となる。最寄りの急行が停車する駅

まで自転車で約5分。急行電車に乗り学校の最寄駅まで約20分。駅からや

く10分の坂道を通う。次男がいく学校は縁があって、長男も通った学校

である。次男は長男の後を追うように、幼稚園、小学校、中学校、高校

と長男の後輩となる。これもまた親からしてみれば、クスッと、小さく

笑いたくなる出来事だ。まあ、家から近い学校が望ましかったのだが、

坂の上の学校に縁があったのだからこれからこの縁を大切にしていく

ことになる。

 坂の上の学校はほぼほぼ山に近いところにあり、これいな桜の花も

ある。学校のさくらも卒業生を追い出す華やかなピンク色が途絶えて

、力強い緑の葉桜が目をだし、不安と希望を持つ多くの新入生を迎え

てくれるだろう。むくむくと世間に存在を主張するたくましい緑の

芽吹が新しい生活を迎える若者に力を与えるものだと信じて止まない。
posted by P.S.コンサルティング at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月26日

55

 先月の日本経済新聞の私の履歴書の執筆が欣ちゃんこと萩本欣一さん。そして今

月がソフトバンクダイエーホークスの王貞治さん。ちょっと昔の人はご存じだろう

けれど、欣ちゃんがジローさんこと坂上二郎さんとコンビを組んだコント55号は、

プロ野球巨人軍時代に王貞治選手が作った55本塁打の55本から。プロ野球におけ

るテッペンの55本塁打に因んで自分たちもお笑い界のテッペンを目指そうとして

つけた芸名だ。プロ野球においてこの55本塁打の記録はまだ破られておらず、依

然にテッペンとなっている。また欣ちゃんこと萩本欣一さんは視聴率100%男と呼

ばれていた。テレビの番組のレギュラー4本で視聴率が100%を超えていたという。

この数字もまだまだテッペンを継続しているのではないか。

 この55という言葉、何だか馴染みを感じる。それというのもゴロがつけやす

いからで、ゴーゴー(55)などのオンは昔から使われている。(郷ひろみさんは

このフレーズの音を今でも自分の売りフレーズとしているよう)多少なりとも

気分が高揚してくる響きだ。

 昨日、私はこの55という数字を迎えた年齢となった。55歳。55歳と言えば立派

な大人である。少し前は55歳の年齢は定年の年齢で、もう社会には必要とされな

い記号の一つだった。詳しくは知らないが、55歳定年制の時代は寿命が60歳か

ら70歳ぐらいを前提にしていたと聞いた覚えがある。現在は寿命が当時より長

くなり約80歳となって、定年年齢の前提が大きく変わってしまった。また年金

財政の問題で早くに定年を迎えても年金が速やかにもらえなくなった。今は選

択制だったか60歳からもらえるらしいが、これも数年のうちにもっと年齢が引

き上げられるだろう。とすると必然的にもっと働く年数を増やさなければなら

ない。55歳は、以前では社会年齢のテッペンだったけれど、現在はこのてっぺ

んから尾根の稜線が続くようになっている。このてっぺんから続く稜線をこ

れからも歩いて行かなくてはならない。これからの進む道は、これまでのように

がむしゃらで、一喜一憂も多く、明日の様子を気にするようなことは極力抑え

て、踏み固めてきた道を少し穏やかで懐かしく感じるように心がけ、これから

の道では周りの景色を楽しむように、また少し眩しく感じるように尾根を歩い

ていければと思っている。

posted by P.S.コンサルティング at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月19日

19歳

 36年前か。私は東京新宿区の神田川を見下ろせる青線の名残のあるアパートの

2階の一室にいた。お風呂もなく共同トイレで、隣の部屋には新宿のお店で働いて

いるという女性が住んでいたらしい。正面の部屋には20代の男性が住んでいたと

いうが、顔を見たことはない。勿論隣に住んでいる女性と顔を合わせたこともな

い。大阪から大学で東京にでた私は誰も知り合いのいないアパートの一室に過

ごしていた。部屋の明かりは裸電球に傘をつけたもので、部屋はいつも仄暗かっ

た。2階の部屋にいる住人とたまに顔を合わせるのは、トイレであう若い男性だ

け。大家さんに聞けば、私と違う大学に通う学生だという。その人とも言葉を交

わしたことがない。ただ寝るだけの部屋だと言ってもよい。若さだけが悶々とし

て、ほぼ毎日、大学の授業には出ずに、サークルの先輩と飲んだり、アルバイト

をしたりして帰りは夜の12時を過ぎていた。アパートのまえの神田川の橋の上か

ら見上げた西新宿の高層ビルが真夜中でも光が消えることなく、別世界のように

見えた。その当時の19歳の大学生と言えば、ほぼ皆飲んだくれとアルバイトのよ

うな生活を送っていたのではないだろうか・・・

 彼は大学生ではなさそうだ。19歳男性。YOUTUBEに犯罪を思わせるよう

な動画を投稿して旅をしていた。この旅も逃避行をいうほどにはあまりにかけ離

れていて、単に自分の行先の風景を動画に乗せていたにすぎないように思える。

逃避行の資金はたった8万5千円だ。8万5千円で何日を過ごせると思ったのだろう

か。また8万5千円の先をどうするかには何も考えが至っていない。以前の女性英

会話講師殺害の犯人の逃走に比べるとあまりに穏やかで、ほんの爪の先ほども考

えておらず、幼稚というか、単なる家でレベルというか・・・それほどのものと

しか思えない。この旅が世間の注目を集めたのは、旅に出る前の動画がいたずら

にはしては度を越していて、食品に爪楊枝を混入させている動画や、万引きをし

ているかのような動画を載せていることだ。万引きは犯罪であり、購入していな

い商品に異物を混入させて商品棚に返却することも犯罪となるからだ。警察に捕

まった時は素直だったという。逃亡に疲れ果てたというわけではなかっただろう。

鬼ごっこで仲間外れにならないほどに自分を見つけてほしかったというぐらいか。

 捕まった彼にはこれから驚きが待っているのではないか。どういう驚きかとい

うと自分が他愛なくやったことへの社会の代償を突きつけられるからだ。彼は人

を殺してはいないし、大金をだまして奪ったわけでもない。それでも自分が考え

る以上の社会の罰則がまっているだろう。

 「ただ僕は面白おかしいと思った動画をネットに挙げただけだ。勝手に騒いで

いるのはそっちじゃないのか、と。単なる悪戯なんだ」

 若者に対しての社会性を浸透させる機会が希薄になっている。きっと自分の内

に逃げ込める手だてが以前にもまして増えているからだろう。その最大の手だて

はネットの世界だ。

 19歳。子供から大人への変遷期(インターフェイス)はいつの時代も危うく

感じる。
 
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