2013年09月24日

オ・モ・テ・ナ・シ

半沢直樹が終了した。久々の高視聴率だったらしい。ビジネス的には

続編が当然に考えられる状況である。最後の頭取の事例に反論する人

も多いだろうが、私怨であそこまでやれば子会社出向は妥当な結果だ

ろう。最近は年のせいか民放の番組に耐えられないことが多い。そこ

で別の番組を見るのだが、その番組で父が国の最高責任者のスピーチ

原稿を書く職業についていた青年がいた。父が一生をかけて書いた原

稿の国は消滅した。子供はジャーナリズムの世界に入り、情報を伝え

ている。スピーチライターの腕がその演説を左右するのは自明の理で

ある。スピーチ内容によって聴衆を酔わすか、苛立たせるか、だ。政

治家は大衆の公僕であるので、大衆を酔わさないと自分の立場が危う

くなる。民主社会でも一党独裁でも根本は変わらない。人心を掌握す

るパワーの一つはスピーチライティングである。このスピーチラィテ

イングを外部委託して(書いたのはイギリスのコンサルティング会社

の担当だったと読んだように思うが)日本は東京オリンピック開催を

成し得た。

テーマはオモテナシ。フランス語が流暢で(ペラペラな)特筆すべき

に値するぐらいの美しさを持った元アナウンサーが、手振りをいれて、

オ・モ・テ・ナ・シと訴えた。日本はオモテナシの心を持ってオリンピック

に参加する選手、またオリンピックを機に日本へ訪れる外国人を待遇

するとアピールしたのだ。これが見事にはまった。同じくパラリンピ

ックの選手で東日本大震災の被災者である女性アスリートがいかにス

ポーツのチカラで自分が被災かた立ち直ったかを話していた。こちら

は聴く人の言葉を奪うほどのストーリーだった。日本誘致団のチーム

は見事なプレゼンを開催決定委員会で行った。そして見事に東京での

開催を勝ち得た。これらの素晴らしいスピーチ内容とともに、東京が

勝ち得た要素は放射能汚染に苦しむ福島第一原発を抱くフクシマと25

0キロも離れていると人々を説得したからである。フクシマで今も苦し

む被災者たちはなんと思ったのだろうか?250キロも離れていると説得

に回る人々はフクシマの被災者に配慮したのだろうか?と言ってこの

ような愚問も甚だしい。彼らにとっては東京誘致が至上命題だったの

だから。それはそれ、これはこれ、というところだろう。フクシマの

人たちは東京を支える電力を送り込んでいた装置で苦しんでいる。そ

して東京はフクシマに対する配慮を徹底的に排除したオモテナシで五

輪を誘致した。

もう一度。東京オリムピック誘致は配慮を徹底的に排除したオモテナ

シで勝利した。
posted by P.S.コンサルティング at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年09月18日

国際化について

私はコンサルタントの仕事をしている。その中でも人材育成や組織開発、

人事制度についての仕事をありがたく頂戴している。組織開発は組織目

的や貢献意欲コミュニケーションの強化をメインとし、人事制度につい

ては目標管理(目標達成評価)と賃金制度のリンクを企業様に提供して

いる。人材育成については範囲が広いもので、階層別やスキル別の教育

があり、他のテーマも多くある。その中で私ができないものはグローバ

ル人材育成というものだ。私ができない理由は、簡単で私がグローバル

人として働いたことがないからである。しかしグルーバル人材育成のニ

ーズは今では欠かせないものである。

 日本球界はその意味では早くからグローバル化を行ってきた。日本選

手がグローバル化するというのではなく、外国人選手を早くから登用し

てきたのだ。外国人選手は助っ人と呼ばれて、短期間日本野球でプレー

する。成功した選手もいたが、残念なことに日本の暮らしが馴染めず期

待された成果が残せない選手も数多くいた。メジャーのビッグな選手も

日本には数多く来ている。外国人選手が数多く来ているのに日本野球界

が国際化しているかというと疑問が残る。その代表的なものが王選手が

記録した55号のホームランである。これは1964年(東京オリンピックが

開催された年)に王選手が成し遂げた偉大な記録だ。その記録がとうと

うヤクルトの外国人選手に破られた。その選手は今日の時点でもまだ多

くの試合が残されているので、まだまだ数字を作っているだろう。何年

か前では考えられなかったことだ。王選手の55本に挑戦した選手が何人

かいる。殆ど外国人選手である。彼らがなぜ55本を越えられなかったの

かいえば、日本人の投手が勝負を避けていたからだ。

王選手の55本の記録を外国人選手に破らせてはいけない、ものだったら

しい。勝負を避ける指示は勿論王選手が行っていたものではなく、他の日

本人のプロ野球指導層(コーチや監督)がやっていたのである。それは日

本の野球界のためだったらしい、のだ。私は思い出したことがある。財閥

系の自動車会社の社長の言葉だ。社長は自社の車が人身事故を起こ

して、それが社内で問題になったのに、その問題を隠蔽し続けた。事件に

なり警察に聞かれた社長は言った。「組織のために隠蔽した。私は組織を

守るために隠蔽した」と。車の欠陥で命を落とした人はなんという思いを

するのだろうか?

 日本プロ野球界の偉大な記録を守るために、シーズンの終了まで勝負を

避け続けた。指示した指導層。黙認したトップ連中。これが日本野球界の

発展を促すのだろうか?米国に渡ったイチロー選手は、次々とメジャーリ

ーグの記録を塗り替え、米国人ファンの喝采を得た。今回ホームランの新

記録を献上したのは阪神タイガースの投手だ。「真剣勝負して打たれたの

だから仕方がない」と試合後のインタビューで答えている。見事なコメン

トではないだろうか?

 偏狭な自己保身意識は国際化の妨げになる。他者のタメと言いながら、

結局は自分のためではないか、と疑いたくもなる。若い世代は勝負が真

剣であることが国際化を妨げないことをすでに知っているように思える。

王選手を抜いた記録を次に破るのは、真剣勝負を最後まで貫くプロ野球

選手であってほしい。これがプロ野球の国際化ではないか。
posted by P.S.コンサルティング at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年09月09日

7年と20年

私は今53歳だから7年経つと60歳になる。還暦となるわけだ。生まれて

20年経った頃には自分が60歳の還暦を迎えることになるなんて夢にも

思わなかった。算数的には20歳になるのだから、同じ考えで言えば、

40年経てば60歳になるというのは当然だ。誰もがそうだろうが、自分

に果たしてそんな歳が来るかどうかは全くリアル感のないものだ。

 60歳になる年に東京でのオリンピック開催が決まった。東京、マドリード、

イスタンブールの3都市での2020年のオリンピック招致の争いに決着

がついた。結果を見れば圧倒的に東京が勝利したことになる。3都市

の投票は、まず1回目の投票で一番投票数の低い都市が外される。残

りの2つの都市で決選投票となる。今回は珍しいことが起こった。1回目

の投票で東京が一位で二位が2都市となった。3位がいないので、3位を

決める投票が行われたのだ。東京との最終対決を選ぶ投票だ。この段階

で東京が敗れたという誤報が流れた。3位を決める投票が最終決選投票

と思い違いしたのだ。中国の国営TVだった。

マドリードが3位となって、東京とイスタンブールの決選投票。結果は

ご存知のように東京の圧勝だった。これからの7年間、東京は活気にあ

ふれるだろう。望むべくはこれが日本全体に波及して欲しいということ

だ。バブルの崩壊から日本は長い不景気のトンネルに入っている。

約20年。アベノミクスで少しはデフレが解消され、景気が戻ってきた

というがそれはほんの一部の人達でしかない。20年のトンネルを脱出

するのはまだまだである。この20年の不況の澱を払拭するのに、これか

らの7年の景気高揚感が一番の特効薬ではないだろうか?アベノミクス

3本の矢の効果も否定できないが、まだまだ力が足りない。強烈な力が

必要なのだ。やはり日本には神風が必要なのではないか。2020年東京

オリンピック開催までの7年間が神風のように、祭りの準備の如く人を

酔わせる。7年が20年を忘れさせることを願っている。

posted by P.S.コンサルティング at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年09月02日

秋の訪れ

今日から9月の生活が始まりました。昨日の1日は日曜日だったので、

8月のママが続いていたようで。実質的に今日の2日から9月が始ま

ります。8月のお盆を明けて急に秋めいて、日本列島には秋雨前線

がどっかと本州の上に居座っているようです。史上最高の気温を記

録した(西日本)の夏から数日でこれほどの秋の様子。この移りの

速さには半世紀を生きてきた者も驚かされます。

 驚かされることが幾つか。

 我が家の次男(中学2年生)が初めてと言っていいぐらいに、夏

休みの最終日を宿題のドタバタがなく過ごしました。数日前に、

姉である長女が提案したのですが、夏休み最終日の日曜日に(9

月1日)ランチを家族で外に食べに行こうと。長女は大学生で夏

休みもバイトに明け暮れ、ホット一息の休みを欲しいと思ったの

でしょう。父親の私がいるときっと次男は口数が少なくなると思

うので、私は辞退したのです。野球部の練習で多くの日々を過ご

した次男が承諾しました。カミさんと私は次男の夏休みの宿題を

少し気にかけていたのですが、口にせず3人を送り出しました。後

になって聞いたのですが、クラブの顧問の先生の指導で夏休みの

宿題は数日前に既に出していたというのです。絵画も読書感想文

もテキストブックも。あとは親のコメントだけだったそうです。

かみさんは今朝、次男のテキストにコメントを入れていました。

ドタバタでない夏休みの最終日、驚きでした。

 国の国家予算の概算が出て来ました。現在日本国は1000兆円にも

のぼる借金があります。(中央と地方で)この状態で概算要求が

約100兆円だそうです。はあ、とニュースを読むと目を疑いたくなり

ます。アベノミクスでデフレが解消されつつあると言っても、ま

だ庶民の感覚には程遠い。不況の税収は約40億円強だというのに、

100兆円なんて。この差額は当たり前ですが、借金です。日銀が国

債の発行を受け止めている綱渡りであるのに、です。1000兆円の

借金を返す目処もないのに、またこれほどの借金の申請とは。海

外の目が日本は国民のへの借金を国は返すつもりがないと思って

も至極当然なのではないか。借金を返すことができない破綻国家

になっていく。「こんな日本に生まれて良かった」とはならない

ように切に願うものです。

 アメリカが化学兵器を使用したと思われるシリアに武力制裁の

決定をしたと報道されています。イギリスはこれに議会が反対

し、アメリカの行動には同調しないという決定がなされました。

フランスはどうか。まだアメリカの意向に沿うような状況です。

ロシアや中国はアメリカの行動に反対しています。国連の結果

(調査報告)を待つべきだと主張しているようです。化学兵器

により子供が殺傷されるのは、子供を持つ身にとって胸が引き

裂かれるようです。国内問題として解決していくのか、アメリ

カが世界の警察としてシリアに武力制裁を実行するのか、人類

はまた難しい問題に直面しています。傷ついた子供たちが1日

も早く回復しますように。

 
posted by P.S.コンサルティング at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年08月13日

逃げ出したい?

8月13日。今日も暑さが続く日本列島。プールも海水浴も良いけど、

そこまでに動くまでの暑さがこたえる。クーラー冷えひえの室内で

は、体が変調をきたしてしまう。室温を低くしすぎたり、少しゆる

めたりしてごまかし、ごまかし室温を快適に保っているけれど、こ

のようなこまめな体温調整が水分補給と同じく必要だ。どういうわ

けか、最近はあまりに暑いので避暑という言葉が聞かなくなった。

暑い報道に押されて、暑さを避けることが目立たなくなっただけだ

ろうか?それとも今まで避暑地と言われていたところも、この暑さ

に避暑の効果を果たさなくなったのだろうか?軽井沢や那須は避暑

として有名なところであるが、今はどうなのだろう。今朝の全国の

温度図をみても、北海道の一部(知床半島)あたりを除いて、すべ

てが黄色から赤の色使いである。知床半島あたりだけが青色になっ

て、涼感を与えている。それ以外は炎に包まれた色となっている。

 この暑さから逃げ出したいと思うのは私だけではないだろう。

15日お盆には家の法事があるので、結局は、夏は家から離れるこ

とができない。体を動かすことはなるべく早朝に行って、日中は

涼しげな部屋に居るしかない。この酷暑の日本から見事に逃げ出

した人たちがいる。揃いも揃って家族全員で海外移住だ。その人

たちとは東京電力の勝俣恒久会長、清水正孝社長、武井優副社長、

宮本史昭常務、木村滋取締役、藤原万喜夫監査役の面々。見事に

すべての人たちが海外に逃げ出した。この記事がFacebook

にシェアされている。事件の張本人の人たちにぜひ、仮設住宅で

酷暑を過ごしていただきたいとホンの頭の片隅に思っていたが、

そんなものは夢ものがたりにすぎない、当たり前だが。同じ炎熱

の夏にうなされる夢ならば、これらの人たち全員が福島のあの汚

染水垂れ流しの海で海水浴でもしている場面でも出てくれば、と

思うのだが・・・。まあ、我々庶民はこの暑い夏をどこにも逃げ

出すことなくただ過ぎ去っていくのを待つしかない。

 明日は15日のお盆である。ご先祖さんがこの暑い夏に帰ってく

るのを待つとしよう。
posted by P.S.コンサルティング at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年08月12日

お盆休み

今日は週明けの月曜日。普段なら、一週間の始まりで、街は喧騒に包まれ

るはずなのに心なしか、街全体が静かな感じがする。お盆休みに入ったせ

いだろうか?世間の今年のお盆休みはいつもより長く感じられるのは私だ

けだろうか?私の認識ではお盆休みは例年8月13日・14日・15日。今日

の月曜日は8月12日で、土日の休みと3連休の休みに挟まれている。多くの

人が今日を休みにして6連休、または15日の翌日の16日が金曜日なので、

この日も休みを取れば、9連休となる。ガッツリ感のある休みだ。

 今年の夏は例年にもまして暑い。天気予報の解説によると、日本列島

全体が赤く燃え上がっているようで、これは太平洋高気圧が原因してい

るらしい。これは太平洋高気圧のおかげで列島は40度を越す地域があち

らこちらに出ている。私が小さい頃は気温が30度を超えると聞くと気分

はうんざりしていたが、気温の感覚も全く変わった。30度と聞くとなぜ

かホッとするようになった。

 参議銀選挙が終了して、自民党の独裁政権?が可能になって世の中

は変わりつつある。株価が確かに昨年より上がり、アベノミクスの恩

恵を受けている一部のものもいれば、マイナス面を被っている多くの

人々がいる。給料はまだ上昇していないのに、生活に必要なガソリン、

パルプ(紙製品)、電気料金他があがっている。庶民の生活ではこの

暑さとともに悲鳴が聞こえてきそうだ。この暑さとともにただじっと耐

え忍ぶしかないと人々は理解しているようで、それもこの秋以降に想

定される消費税増税についても同じ構造と言えるかもしれない。首相

は粛々とヒロシマ・ナガサキの原爆式典に出席していた、これは毎年

の夏の風物詩となっていて恐らく人々の暮らしを変える効果など望め

ない。福島第一原発の処理については遅々として進まず、殆どの対応

が後手後手になっている。憲法変更で軍隊を正式に認めるようになれ

ば次は核に対する認識に進むのは自明の理で、日本ももうすぐ秋や冬

を迎えるように核保有国となるのは目に見えている。・・・などは熱

にうなされた今日の妄想かもしれない。

 ナチスがなぜ原爆開発でアメリカに敗北したか。こんな内容の本を

図書館で借りてきた。分厚い本である。上下2巻もある。漢字もろくろ

く読めない大臣がナチスを肯定するような言葉を発したが、この内容

を読めば義務教育レベルで国語力が大きく劣っている人でも、同様な

理解をするだろう。原爆とナチスと軍隊と。

暑い夏が続く。
posted by P.S.コンサルティング at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年07月23日

選挙 2013年夏 参議院選挙

夏の選挙が終わりました。いつだったか、はっきりとは覚えていな

いのですが、夏の選挙となれば、窓から選挙員が手を振る応援カー

の五月蝿い宣伝放送とセミの生命力あふれる鳴き声が絡まっていた

ようなイメージが私にはあった。それが今年は選挙カーの五月蝿い

声は印象になく、静かな参議院選挙だった。

 自民党が圧勝した。先の政権交代を成し遂げた衆議院選挙の連続

的な‘その後’と考えれば、自民党が勝つのは誰しもが納得すると

ころだろう。民主党政権から自民党政権位に変わり、自民党政権は

3本の矢を打ち出し、市場株価は急上昇した。市民の意識も段々と

デフレの認識は薄れて行き始めたように報道される。大企業と一部

の建設業とデイトレーダーが、笑をこぼし始めたが、意識が少し変

わったかな、感じさせただけで一般の人々には実感がない。それも

そのはず、自分の懐(給料)は変わらずなのだから無理もない。

 自民党が勝利し、衆議院・参議院のねじれが解消して、自民党の

方針が実現する可能性の高い政権となった。安倍首相の言動・行動

などから、右寄り、右傾化とみるマスコミもいる。近隣諸国に対す

る鏡としてプチナショナリズムがもたげているのは誰もが認めると

ころだろう。この動きに賛同する人もいれば、警戒感を高める人も

いる。双方が存在し、双方が議論を交わすことが民主主義の本質で

ある。この国がどのように進んでいくかは国民が監視するところで

あるが、景気の回復の実現を担保に取れている現政権の意向がこれ

からも多少ならずとも影響するのは確かだ。

 今回の選挙の争点は何だったのだろうか?福島第一原発のうねり

はすでに一部の人のものとなった。新しいことがあればニュースと

はなるが、周囲の人々には遠い存在となりつつある。原発反対とし

てテレビタレント(俳優)が当選したが、彼は政治をやるのだろう

か?それとも一部の活動として原発廃止を促進するのだろうか?政

治の舞台は常に総合的なモノのはずなのに、一部を訴えて政治の舞

台に出る。誰もが分かっているのは、原発はエネルギー史の中では

単なる一過性のパーツでしかないということだ。誰もが危険なもの

はない方が良いに決まっている。ただ、今原発がなくて国は成り立

って行くのだろうか?

また、原発を政府がなくしても安全な原発消去が可能なのだろう

か・・・?

消費税、TPP、3本の矢の成長戦略、第4、第5の矢・・・。年

金問題に代表されるように、深刻であるはずの問題を抱えながらも

暴動が起きないのが日本国民である。暴動が起きない意識と今回の

投票率の低さが、私には底流でつながっていると思えてならない。

posted by P.S.コンサルティング at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年07月19日

「痛くない」をもたらす痛み

私たちは上半身裸になり、列になって待っていた。小学5年生

の時だったか。午前中だったのではないか。事を終えた同級生

が右手で左手の二の腕のある部分を押さえながら部屋から出て

くる。 「痛かった?」 私を含めた数人が、何人もの友に同じこ

とを聞く。痛いのが分かっているのに、自分の不安を少しでも

緩和させようとしていた。出てきた友達の多くが 「そりゃ、痛

かった」 と言うが、中には 「痛くなかった」 というやつも稀に

いる。それはホンの一瞬をごまかす強がりの嘘に過ぎないと私

達は分かっている。怖がりで小心者の私にとって注射は何にも

まして毛嫌うものだった。理由は痛いからだ。

 子供たちにとって注射は絶対的に嫌なものだろう。病院で診

察してもらっている際に、聴診器を当てられているときは、肌

に金属が当たって冷たいなと思うだけだが、それが「注射を打

っておこう」と医師が言った途端に、みるみる顔が崩れて泣き

出す。支えてきた柱が全て溶けたように。こんな子供が大半だ

ろう。理由は先に言ったように、注射が痛いからだ。私は普通

の大半の子供の一人だったと思う。

 この当たり前に痛いはずの注射を痛くない注射にするという

画期的な技術開発を行う中小企業がある。岡野某がトップの中

小企業だ。このオヤジ、他人が作らないものを俺は作る、と宣

言して、マスコミにも頻繁に取り上げられている。痛くない注

射を作っている。原理は夏に出現する蚊を倣ったものだという。

確かに蚊は知らず知らずに人様から血を吸う。血を吸わないと

彼らが死んでしまうからだが。血を吸うときに蚊は人の肌に針

を打つ。(実際は針か口の先かわからないが)とにかく、肌に

何かを刺す。そして刺したものの管を通して血を吸う。これを

ヒントに痛くない注射を作っている。その途中のものをテレビ

でみたことがある。蚊の口先に管ぐらいに細い注射の針だ。こ

れが実現し商品化すれば、痛くない注射が忽ち広がり、子供た

ちの大きな憂鬱の一つが世の中から消えてしまうだろう。これ

は紛れもなく、喜ばしいことだ。

 ところがこの痛くない注射針を開発する会社が脱税で告発さ

れた。追徴金にはすでに応じたというが、記事によれば5年間

ほどさかのぼって架空の費用を計上していたらしい。虚偽申告

の脱税をしていたのだ。痛くない注射を開発するのにお金が必

要で脱税していたのか、と勘ぐられもされかねない。それか、

単に税金を収めるのがバカらしくなって、大金を手元に置きた

くなったのかもしれない。痛くない注射を開発するがために、

脱税で告発されたのだろうか?何にせよ、このニュースは企業

にとってイメージダウンも生じて、とても痛いに違いない。脱

税をして作った痛くない注射針、あなたは使いますか?どこか

心が痛んでも子供の頃の記憶の痛さが省けるのなら、やはり使

う人が多くなるのでは、と私は思っているのだが・・・。まあ、

この岡野社長、今までもがっぽり儲けているらしいので、追徴

されても懐はきっと痛まないだろうなぁ。
posted by P.S.コンサルティング at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年07月17日

「今年の夏。2013」

今年の夏はロケットスタートのような暑さ。6月に入り、雨が少ない

なと言っていたら、ドット雨が降った。ドット降ったのはホンの少し

の期間で(1週間ぐらい)でそのあとは元気なお天道さんがドンと構

える。しとしとの長雨の梅雨ではなく、竹を割ったようなさっぱりとし

た後腐れのない梅雨だ。その後の猛暑はチベット高気圧と太平洋高

気圧が重なった高気圧らしく、これは布団を二重にかぶっているよう

な状態だとか。高気圧が二重に重なっているとはどういうことなのか、

素人にはイメージがつかない。幾つかの天気予報の番組で天気予報士

が仰るには、ある程度の高度以上にチベット高気圧が来て、その高度

以下に太平洋高気圧がいるらしい。何かわかったようで、分からない。

分かっているのは、熱中症にかかった人が、この6月・7月で昨年の倍

ぐらいの数らしいということ。夏の暑さに慣れていないところに突然

にロケット猛暑が来たというわけだが、果たして、日本に住む我々に

この夏の酷暑さに体はなれるものだろうか、と思ってしまう。まあ、

水分は欠かさずに補給することが大事だというのはわかる。

 次の日曜日、参議員選挙の投票日である。衆議院と参議院のねじ

れの解消がどうのこうの。少し考えると、政治が憲法のあり方をテ

ーマにした昨今なので、いつにもまして重要な選挙だというのは素

人でも伺える。中国と韓国との関係がギクシャクして、武力威嚇が

続く現在は、憲法のいかんによって、武力威嚇に対する対応の仕

方も代わってしまうということだろう。アベノミクスの今までの効果

できっと自民党は地滑り的とは言わないまでも、きっと勝利するの

は誰もが認めるところだろう。日本維新の会のプレゼンスが何とな

く危うく、希薄になっていることに私は残念な感じがするのだが。

橋本市長が伝えていることは私にはとても納得感がある。ポイント

は常に既得権に対する挑戦であるので、既得権側からすれば一刻

も早く、少しでも多く、潰しておきたいのだろう。民主党は自己の主

体ポイントはなく、自民党の相対的存在となっている。自民党がい

るから存在できているだけで、主張も反対のための反対で、具体的

な対立点がない。自民党の未来可能性としての暴走らしき?を訴え

ているものの、すべての言葉が虚ろに映ってしまうのは、党の生命

存在の写かもしれない。ただ、消え去るのみなのだろうか?離合集

散の漂いさえ伺える。

 夏の酷暑の序盤である。ただただ、小市民である私は暑さにやら

れずに耐えて行くしかない。
posted by P.S.コンサルティング at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月24日

しんぼうと忍耐

関西弁の情緒を響かす言葉の幾つかがある。‘しんぼうしいや’とか

‘かんにんやで’とか。いまでは、織田作之助関連か昭和初期の大阪

を舞台にした映画からしか連想できない言葉だ。(まあどちらも法善

寺横丁周辺の物語だ)‘しんぼうしいや’は耐えろ、という意味であ

る。男性では‘しんぼうせえ’となる。とにかく、目上の人間が目下の

人間にいうシーンが連想される。言われた目下の人間は耐えて、耐

えて、修行を重ねて一人前になることを夢見て、言葉をぐっと心に閉

じ込めるのだ。かんにんやで、は何か艶かしい。ほつれ毛の薄手の着

物を着た色っぽい女性を連想させる。古い昭和の記憶に囚われていそ

うだ。どちらの言葉も関西を代表する言葉として消えて欲しくない。

 こちらも関西を代表するしんぼーだった。辛坊治郎。元読売テレビ

のキャスターである。見た目は子供が描く漫画のように人懐っこさが

ある。決してイケメンとは言えない風貌だが、逆にその分、こちらの

警戒心を呼び起こさない。ずうっと前に(30年ほど前かな)彼が巨人

戦のアナウンサーをしていた時に、私は彼の名を知り、面白い名前の人

がやっぱり世の中にいるのだなーととても印象に残っている。その彼

が読売テレビ局内で順調に出世をして、幾つかの番組のメインキャス

ターを張り、そして独立した。維新の橋本徹と懇意であることもあり、

大阪の府知事選出馬も取り沙汰された程の人である。軽妙でどこかの

プロレス仕込みのキャスターと違って知性もうかがわせるコメント内

容である。著書も幾つか出しており、現在の日本の何となく右の考え

方も相まって、視聴者に受け入れられている。私も受け入れているひ

とりである。その太陽が登る勢いのような彼に低気圧が襲いかかった。

氏は学生時代から趣味でヨットを続けており、願望としての太平洋横

断を知り合いの盲目のヨットマンとふたりで敢行したのだ。そのヨッ

トに低気圧が襲いかかった。艇と二人のヨットマンはギリギリまで辛

抱し耐えたのだろうが艇が耐え切れなくなった。艇が沈没すると判断

した二人は救助を求め、海上自衛隊(海上保安庁?)に救助されたの

だ。日本から太平洋上1000キロ強のところであった。きっとこの事件

はこれからのキャスターのキャリアに大きく影響するに違いない。あ

る味方からすれば、調子に乗っていた、と言われても仕方がない。こ

のいわれは世間の目である。黙ってふたりでヨット航海に出ればよか

ったと思うのは私だけだろうか?ちょっと出過ぎたように感じるのは

私だけではないはずである。彼は復権するまでその名のとおり、シン

ボーできるだろうか?とりあえずは当分のあいだは彼の言葉に耐え切

れない人がいるのは間違いないだろう。少なくとも私と私の妻は同じ

意見である。
posted by P.S.コンサルティング at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月13日

2メートルの人生

ご存知の方も勿論多いと思うが、元野球選手だったジャイアント馬場さん

は身長2メートル8センチメートル。巨人軍に入団したが、プロ野球のピ

ッチャーとしては通用せずにプロレス界に入った。プロレス界に入った後

は、今は伝説となる話が盛りだくさん。2メートルを超える身長はその当

時の日本では珍しく、海外からやってくるプロレスラーと比較しても背が

高かった。昭和40年代はまだ戦後の雰囲気が残っていて、プロレスは戦

争の負けの仕返しの意味もあり、米国からくるヒール(悪役)レスラーを

見下し、また大相撲から編み出された空手チョップで相手をやっつける姿

に国民は酔いしれた。身長2メートルは日本国民に多くの勇気を与えた。

 打球の伸びが約2メートル違うらしい。日本プロ野球で使われる公式

球が昨年仕様のものと今年仕様のものが違っていて、飛距離が約2メート

ル違うらしい。同じ打球でも昨年は外野フエンスの2メートル前で打球

は落ちてくるが、今年のボールではそのまま外野席にまで届きホームラ

ンとなる。打者にとってもピッチャーにとってもこの2メートルはチー

ムの勝敗に関わる大問題である。またチームの成績に関わることは選手

にとっては選手生命に関わる死活問題である。昨年と違うボールを今年

は使用する事を日本プロ野球機構は誰にも明かさなかった。統計をとっ

てみると、今年は一試合のホームラン数が昨年に比べて1.5倍ぐらい

になったそうだ。実際に昨年はホームラン数が少なくて、野球が面白く

ない、という不満が出ていたらしい。実際にホームランは野球の花で、

ホームラン一本で試合の勝敗が決定してしまうことがある。それほどホ

ームランは野球ファンにとって魅力のものだし、野球選手にとっては恐

ろしいものだ。それほどに影響のある事が起きるのに、野球機構はボー

ルの変更を黙っていたとは驚きだ。メーカーのミズノはその影響が大き

い事を理解して機構に話していたそうだが、機構の方が黙っとくように

、と進言したらしい。

 機構のトップのコミッショナーは元駐米大使だそうだ。野球の本場ア

メリカの大使で、野球に対する知識や造詣はどうだったのだろうか?記

者会見で不祥事ではない、と述べていたが、この2メートルの差で、野

球人生の影響を受けた選手がいたのだろうか、いなかったのだろうか。

名誉職でコミッショナーを引き受けている人には残りの時間は老後の時

間だけなので、人生に大きな影響はないのだろうけれど、20代、30

代の一球に魂を込めている選手にとってはどうなのだろうか?またこの

状態を放置していた機構の面々はどうなのだろうか?官僚然の自己存続

だけを目的とする組織体と現場に対する想像力を持たない老害は文化を

根絶させるだけである。

 ピッチャーとして大成しなかった馬場選手だが、昨年の飛ばないボー

ルを使用していたらどうだったろうか?やはりピッチャーとしては難し

かっただろうか?2メートルの距離と2メートルの身長と比べれば、や

っぱり悪役レスラーをやっつける身長2メートルの巨人でよかったと私

は思っているのだが・・・。
posted by P.S.コンサルティング at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月11日

何もなくて 何もない

nada y nada。スペイン語でナダイナダ。なにもなくて、

何もない、という意味。(ウイキペディア)想像を絶するほどの退

屈な授業だった。私が通っていた高校は俗に言う進学校。幾人もの

有名人を排出する世間では名門校と呼ばれる学校だ。この学校に集

まる生徒は地域の優秀な連中ばかりで、私はその学校で成績では底

辺近くを常に彷徨っていた。これだけの名門校なので、先生も優秀

なバリバリの先生ばかりだと普通は連想するが、先生はユニークな

先生が本当に多かった。酒の匂いをさせながら教壇に立つ人もいれ

ば、昼食後の昼下がり、窓辺に持たれて居眠りをする先生もいた。

中でも強烈なのが授業時間中ずっとしゃべり続ける初老の世界史の

先生がいた。授業開始の時間が来て、先生が教室に入ってくる。起

立、礼、着席の号令が終わり、先生がプリントを配る。プリントが

配り終えると先生の喋りが始まる。永遠と始まるのだ。生徒が理解

しよう理解して無かろうがお構いなし。自分の喋ったことを確認す

るように、念を押すのだが、生徒の我々の表情には無頓着。さすが

に前にいる女子のクラスメートが‘たまらん’と男口調で呟いた事

を覚えている。先生は教壇の前の席に座る生徒のことを顧みずに、

つばきを吐きながら、腹式呼吸を使っているかのように抑揚もなく

喋り続ける。その授業は私にとってもたまらなかったので、私は自

分の時間の防衛に出た。本屋で購入してきた文庫本を読み始めたの

である。まあ内職というか、内職か。著者はなだいなだ氏。エッセ

イだったと思うが、これがツボにはまった。後ろにいた友人から

「授業中にくすくす笑うな」と笑い顔で指摘されたことを思い出す。

なだいなだ氏。本職は精神科医。慶応の医学部を卒業。慶応の

医学部を出て精神科医でさらに作家か、とその才能に驚いたことを

覚えている。当時、北杜夫氏も精神科医で作家として活躍していた。

こちらも読みやすい小説を書かれていたのだが、なだいなだ氏は小

説と違ってどちらかと言えば、散文形式の随筆というかエッセイで

ある。思ったままに書いてあることがまた肩肘を張らずに、学校の

成績で底辺をさまよっていた私にはぴったしだったのだ。(北杜夫

の著作は大学生になって幾つか読んだ)軽妙で洒脱、ユーモアがあ

り、ペーソスは少しまぶして文章をまとめあげる。授業中に読んだ

本のタイトルは忘れてしまったが、授業中に何冊も読んだことを覚

えている。なので、世界史のテストはいつも欠点スレスレ。これも

成績で底辺を彷徨っていた一つの要因である。大学受験には私は日

本史を選んで、益々世界史とは縁遠いものになった。世界史の強烈

な先生の姿は今も記憶に鮮明である。今思えば、世俗を鋭く風刺し

た文章も、人を暖かく見守った文脈も幻のような何も存在しないも

のだったのかもしれない。だから逆にその柔らかな語り内容の感触

だけが今も五感の中に残っている。何もなくて何もないなだいなだ

氏だが、氏の名前は私の奥深くに刻まれている。なだいなだ氏が昨

日鬼籍に入られた。本名堀内秀。合掌。

(でもあの世界史の授業はホントニ何もなくて、何もなかったなあ)
posted by P.S.コンサルティング at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月10日

未解決事件 ファイル NO.3

「おかしい。おかしい」一緒に枕を並べて寝入る女性は、彼女の繰り返す

この言葉を聞いたそうだ。おかしい、と発するのは、自分が信じる方向に

物事が進まぬ時。例えば、子供が夜の7時に帰ってくると信じている母が

いて、子供が8時に帰ってこないとき。「おかしいな。8時に帰ってくる

はずなのに」

「おかしい・・・」彼女の信じるものは自分の思う方向に進まなかった

のだ。

 尼崎は関西の工業地帯に中心の街の一つだ。この街が彼女の活動の舞

台の一つだ。番組では彼女の昔の事を放送する時間があまりなかった。

短かったと言っても良いかもしれない。彼女は気の弱い優しい人柄のよ

うに放送された。20代で結婚した彼女は京橋駅で夫とはぐれたとき、は

ぐれた場所で泣きじゃくってただひたすら待っていたそうだ。その後夫

と別れ、自分で生計を立てていた。報道番組で最近の彼女の写真を見た

夫は「鬼の顔になっている」と呟いた。

 鬼の顔となっていたのは角田美代子。いくつもの家族の崩壊をもたら

した女だ。留置場の布団で首をくくって自殺した。「おかしい」と言葉

を聞いたのは留置場で同じ房に入っていた女性だ。角田美代子の手にか

かっていくつもの幸せな家族が崩壊された。報道番組ではその一部の家

族を再現してドラマ風に放映したのだ。まさしくそこには言いようのな

い鬼が存在していた。犯罪の経過を取材した作家の高村薫は角田美代子

が鬼の行動を顕在していたその部屋に入り、言葉を失い、視線が彷徨っ

たように私にはみえた。彼女は主体的に鬼の行動を想像し、思い馳せ、

その凄まじさに言葉も感情もその部屋にあるべき未来も見失ったのでは

ないか。彼女はその後のインタビューで答えている。「我々の時代にこ

のような犯罪が起きたことは共有しなければいけない」(言葉は多少違

うがこのようなこと)。初老の女になぜ多くの家族が崩壊させられたの

か。これほどまでの事態にならないようにいくつもの機会やシグナルが

あった。そのどれもが角田の狡猾さによって封じ込められた。

数人のチンピラ風の男を仲間に家庭に入り込む。バックにヤクザがいる

ように匂わせて男たちの力を押さえ込む。子供に親を愚弄させると同時

に子供を人質にとる。警察は民事不介入で事件を扱わない。いくつもの

要素が折り重なった。この事件が明るみに出て、警察の捜査が始まった。

角田の「おかしい」という言葉は自分が作り上げた擬似家族が、警察の

捜査に対して自分に不利な証言を始めたことに対するものだったという。

いくつもの幸せな家族を崩壊させて自分の擬似家族を形成していった。

 彼女の最大のバツはその過程を吐露させることだったはずなのに。や

はり最高の医療が人類には必要だ。最高の医療があれば縊死をした鬼

を生き返らせる事ができたはずだ。
posted by P.S.コンサルティング at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月05日

ペナルティーキック

サッカーの日本代表男子がブラジルワールドカップの出場が決定し

ました。強敵のオーストラリアと引き分け、勝ち点1を獲得し、出

場を決めたのです。おめでとうございます。これでフランス大会か

らの5大会連続出場を果たしました。選手の皆様、ご苦労様でした。

 ワールドカップ出場を決めたゴールは本田選手のペナルティーキ

ックでした。ペナルティーキックはゴール前のペナルティエリア内

で、相手が反則した際に与えられるものです。ゴール前の位置にボ

ールを置き、キッカーがける権利を与えられます。ゴールキーパー

とキッカーの1対1の真剣勝負です。オーストラリアのゴールキーパ

ーはイングランドのプレミアリーグでも活躍する名プレーヤーです。

身長は高く、腕は長く、蜘蛛が伸びをするようなそんな感じのキー

パーです。本田選手はゴールのど真ん中、キーパーが立つ位置を狙

って思い切り足を振り抜きました。キーパーは向かって右に大きく

翔んだのです。真ん中のスペースは何ら警戒がなく、口をパックリ

開いたトンネルの入口のようでした。ボールは見事にトンネルに吸

い込まれました。見事なペナルティーキックでした。

 日本チームでペナルティーキックの名手と言えば、大阪の鬼太郎

こと遠藤選手です。遠藤選手はペナルティーキックをコロコロとこ

ろがして決めることで私たちを驚かせています。ポイントはキーパ

ーが構えてその体重が乗る利き足の逆側に転がしていたのだそうで

す。その遠藤選手のコロコロペナルティーキックが最近は見れなく

なりました。前回の予選でのヨルダン戦、終盤に日本はペナルティ

ーキックのチャンスを得ました。キッカーは遠藤選手。試合は本当

に終盤だったので、遠藤選手がペナルティーキックを決めれば、こ

の試合で勝ち点1を獲得でき、次のオーストラリア戦を待たずにワ

ールドカップの出場が決まったのです。遠藤選手は自信を持って蹴

りました。見事なキックでした。今回はコロコロのキックではなく、

力いっぱい蹴ったのです。ゴールの右隅に。しかし、相手ゴールキ

ーパーはさらに見事に、遠藤選手のキックの方向を読み当て、右に

大きく翔んだのです。遠藤選手が放った見事なキックのボールは、

相手ゴールキーパーにブロックされました。日本はそのヨルダン戦

で最終予選発の黒星を喫し、ワールドカップ出場は今回のオースト

ラリア戦に持ち越されたのです。オーストラリアのゴールキーパー

は先のヨルダン戦を十分に知っていたのでは、と私は思いました。

十分に知っていたから右に翔んだのではないか、と。

日本がワールドカップ出場をかけたヨルダン戦とオーストラリア戦

の二つともその流れが本当に似ていたのです。日本は好機を持つも

決められず、攻めあぐねる。後半の中盤あたりに相手に先制点を奪

われ、後半の終盤にペナルティーキックのチャンスを獲る。二人の

ゴールキーパーはともに右に大きく翔ぶ。ヨルダン戦ではキーパー

に阻まれ失敗し、オーストラリア戦では成功した。このオーストラ

リア戦での成功は勿論無我夢中に蹴った本田選手の見事さもあるけ

れど、心理戦において遠藤選手のキックが十分に効いていたのでは

ないか、私はそう思わずにいられなかったのです。悪い流れを断ち

切る力を日本代表は持ち得ている。サッカー日本代表男子のワール

ドカップブラジル大会での活躍を期待するばかりです。
posted by P.S.コンサルティング at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月02日

黒に白い

 確か人間で言えば、まだ小学生ぐらいに相当するのではないのかと思う。わんぱ

く、やんちゃ盛の白いライオンが長老のヒヒやシマウマ、サイ、象、キリン、等を

従えて、平和な世界を創る。世界といっても動物の中での平穏な暮らしを取り戻す

話だ。厄介者として出てくるハイエナやジャッカル、そして群れを横取りしようと

する流れ者のライオンなど。白いライオンのレオは小さいながらも様々な問題を解

決して平穏な暮らしをアフリカの大地に取り戻すのである。

 アフリカはその昔、暗黒の大陸と呼ばれた時代があった。ヨーロッパの探検家がア

フリカの大地を探検しようにも、大陸と呼ばれながら大河が少なく(ナイル河ぐらいか)

川を遡ろうにも滝が多い大地で、それ以上進めない。ジャングルには得体の知れない

獣がおびただしく生息して、人々の恐怖を駆る。そして何よりも当時のヨーロッパ人

にとっての未知の風土病が探検家を追い返したのである。探検には不向きな大陸と

アフリカは考えられていたらしい。一方南極や南北のアメリカ大陸は探検家には過

酷な気象条件と甘えを許さない大地ではあったが、南極は進むことができたし、

アマゾン河は長距離に及んで遡ることができた。

 このアフリカ大陸が全世界、グローバルの世界で脚光を浴びている。昨日の土曜

日、横浜で21ものアフリカの国々の首脳を集めて会議が行われた。日本から時の

人である阿部総理大臣が出席し、アフリカの諸国との関係強化の約束をうたった。

そもそも日本にわざわざ21カ国のアフリカの国々の首脳を呼び寄せた。これだけを

見れば非効率極まりない。日本の首脳陣がアフリカに赴いたほうが各国首脳の移動

距離のノベを比べたら圧倒的に少なくなるだろう。素人目でも分かることだが、こ

れほどの非効率を差し引いてもアフリカの諸国に日本の繁栄をデモンストレーショ

ンしたかったのだろう。横浜という海外に開かれた窓口はきっと十分に日本の栄華

をアフリカの人々の脳裏に記憶されただろう。

 暗黒大陸の白いライオンも今の日本を見ればその有り様に言葉を失ったに違いな

い。まあ、白いライオンの生みの親も繁栄を築き上げた日本人のひとりであるから、

白いライオンは十分に日本の姿を想像したに違いない。アフリカは暗黒からスポッ

トライトに溢れる桧舞台に出ようとしている。
posted by P.S.コンサルティング at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月29日

太陽の音楽

太陽と南の風。眩しいくらいの明るい太陽と、心地よく行動を促す南の風。

この二つから連想されるのは海辺、海岸、夏だ。日本の夏のビーチはどこで

も南の風が吹き男女の関係を促す。また夏をテーマにした歌の多くが恋愛の

歌である。(夏のエンターテイメントと言えばロックバンドのTUBEだ。

少しオジサンか。サザンも今となってはおじさんの部類だろう)松田聖子が

歌ったのは‘私の恋は南の風に乗って走る’だ。松田聖子の登場は芸能界に

とっての一つのエポックだったに違いない。

 以前にも書いたと思うが、私が大学を出て初めて就職した会社は東京の四

谷三丁目にあった。友達に言えば東京の真ん中で良いところにあるなあ、と

言っていたが、ロケーションとしては新宿と皇居を結んだその中間あたりに

ある。CM制作の仕事は芸能界の端っこと位置づけられることもあり、深夜

タクシーで帰ることが半ば当たり前だ。その日、仕事が終了しての深夜の帰

り、私は先輩とあるビルの前に行った。そのビルは‘太陽の音楽’の事務所

が入るビルである。ペンキか何かがが流された跡が誰にもわかる。それは血

糊のあとだ。‘太陽の音楽’事務所、サンミュージックが入るビルの玄関前。

血糊を流したのは岡田有希子。ビルの屋上から身を投げた。まだ20歳頃だ

ったと思う。若くとても可愛いその事務所の売れっ子アイドルだった。

 その事務所の社長は当時のアイドルを次々と輩出出した。スタートは千

葉県知事の森田健作さんだそうだ。私は知らなかったが。森田健作さんは

‘俺は男だ’という学園モノで人気が爆発し、剣道着姿で海岸を夕日に向

かって走り、涙にはさらば、と歌って人気俳優となった。その後、桜田淳

子、そして松田聖子、岡田有希子、酒井法子を育て、芸能界の一大勢力と

なったのだ。今はジャニーズが大人気だが、このジャニーズ人気の前のア

イドルブームを作ったのがサンミュージック会長の相沢秀禎だ。この会長

が亡くなり葬儀が行われた。見方によれば葬儀そのものより、統一教会で

騒ぎを巻き起こし17年ぶりに姿を現せた桜田淳子や薬物でこれも世間を大

騒ぎさせた酒井法子に注目はいったように思える。これら多数のアイドル

を葬儀で集まらせた相沢氏は我々が思う以上のエンターテイメントを世間

にもたらしたのだろう。

今は少し太陽の音楽の輝きも乏しくなっているような感じだが、氏が天に

召された星の輝きはきっと太陽の輝きにも負けないくらいの明るさを持っ

ているに違いない。私個人的には氏にとても感謝をするものである。(森

田健作のドラマに感動し、桜田淳子の歌に聞き入り、松田聖子の歌に切

なくまた心ときめきを感じたから)合掌。
posted by P.S.コンサルティング at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月28日

今年の梅雨

事務所から空を見上げて、どんよりとした雲が広がっている。雨も

ポツリポツリと。鬱陶しい天気。それもそのはず、今日近畿地方で

梅雨入り宣言がなされた。例年より早い雨の季節の到来だ。今年の

梅雨時期はアベノミクス効果もあり、世間・人々の気分もいくらか

は和らいだ雰囲気ではないだろうか。株価は安倍政権の影響で急激

に上がり、その急激さが今は裏返しの影響となっている。乱高下と

も呼べるような株価の変化だ。実態が伴わない脆さが出ているらし

い。実態を補うようにアベノミクス第3の矢、成長戦略があちらこ

ちらで議論されている。アベノミクスでは3本目以降の矢も指摘され

ているが、矢としての一番の難しさはこの3本目の成長戦略ではない

のだろうか?第4の矢、第5の矢もコメントされているが、どちらも

統一された内容・定義はないように思える。4本、5本と続いて一体

何本続くのだろうか?続けば続くほどに各論に成り下がり、既得権

へ誘導されていくように思えてならない。

 今年の梅雨は長引くのだろうか?これだけ早い梅雨入りなのだか

ら、早くに梅雨が明けて欲しいと思うのは私だけではないだろう。

約1ヶ月の梅雨の期間とするなら5月末から6月末で梅雨が終わり、

7月には夏に突入するというのはどうだろうか?弁護士政治家のお

かげで、曖昧にされている歴史認識についても夏の青空のようにス

カっと行けば良いのだろうけれど。けどこれは中々難しいだろう。

どう見ても現在は世界各國に対する中韓の根回し、外交、ロビー活

動により、ニュースとなって聞こえてくるのは、日本には刺激的な

ことばかりである。中国による尖閣の日本窃盗論、沖縄の自主独立

の中国のリーディング、韓国の女性問題。日本にとっては曇り空の

憂鬱な問題が、青空であっても憂鬱さが重く垂れこめるに違いない

のではないか?

 湿気が高まると除湿をしたくなる。この除湿が相当の電気を食う

らしい。電力における原発問題もまた重なってくる。参院選後は消

費税の問題もある。悩ましく鬱々とした季節が梅雨空とともに続く。

posted by P.S.コンサルティング at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月24日

ライフサイクル

商品にはプロダクトライフサイクルというものがある。これはすべてのも

のに寿命があるという考えがベースになっている。黎明期、成長期、成熟期、

衰退期と4つに分かれる。寿命に捉えると、生まれての赤ちゃんから幼児まで

の0歳〜10歳、それから青年期の10代から20代、そして社会人としてバリバリ

働く30代から60歳、最後に老年期ということか。(今では分類が代わっていた

り、言葉が代わっていたりする)寿命といえば、人の命から文明の命まで、あ

りとあらゆるものがその対象となる。

 登場はセンセーショナルだった。テレビ出演に抜擢された異例の弁護士が、

政治家の道を辿ることになった。当初は自分が育った地域の停滞に対する憤り

が原動力だったのだろう。その地域は私が生まれ、現在家族と共に住む地域だ。

出馬しないと公言し、うまくカモフラージュを施しながら彼は政治の表舞台に

躍り出た。政治においては、力を持つ者に対する僻み、やっかみ、嫉みなど醜

悪なものが、これほどまでか、と思えるぐらいに出てくる世界である。(私は

学生時代、政治学科に所属していたのだが、理想と現実はこれほどまでに乖

離するものか、驚いたものだ)次々と出てくる抵抗勢力、難的をなぎ倒し、彼は

いま、大阪市のトップにいる。そして大阪は大きな改革を実践できている。

 彼の政治家としてのあり方が微妙となっている。その極め付きが従軍慰安婦

問題である。なぜ今になってこの問題が出てくるのか、と不思議で仕方がない

が、現在東アジアの情勢が危うい状況であるのは誰もが認めるところだ。中国、

韓国との領土問題が売れ動いているからである。彼の言葉の問題は「慰安婦制

度が戦時中は必要である」と公言したところだ。私が思うに、彼の言動はどこ

をとっても間違ってはいない。なのに、どうしてこれまでに沸騰するのか、と。

慰安婦制度は公娼制度を含んでいる。公娼制度の慰安婦制度には多くの人が

疑問を挟まないだろうが、問題は意に反して慰安婦となった人が現実にいるとい

うことだ。(しかし、このことを否定している人さえもがこの世にいる)これ

を彼は公言してしまったところが問題なのだ。稚拙といえば稚拙だ。大阪には

現在も以前のような赤線・青線のような地域がある。これは当然の如く法律に

違反している事実だろう。しかし、誰もこの点を問題にしてはいない。いや、

問題だと思っているが、誰も公言しない。公言しないことでバランスをとって

いる。逆に言えば、バランスを取らざるをえないのが人の世界なのだろう。

 私はこの問題で氏の政治家のライフサイクルが終盤を迎えることに危惧を覚

える。彼は現在の大阪、また日本に必要な政治家だと私は思っている。彼の政

治家としてのライフサイクルがまだまだ成長期であることを願わずにおれない。
posted by P.S.コンサルティング at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年02月02日

資産家

先日テレビの番組で病的に豊満な女性が身につけているものが10億を超えて

いた。CMで‘かのうなの’とコメントしている女性だ。高額の殆どがアク

セサリーなのだが、10億を身にまとっているとは、驚きというか実感が私に

はなかった。この女性はどうしてこれだけの資産を手に入れたのだろうか。

大きなお世話だけど、そんな記事があったならぜひ向学のために読んでみた

いなあ。

 資産家と呼ばれていた夫婦が殺害された。夫は50歳過ぎ。妻は50歳手前。

子供がいたかどうかは知らない。仕事は資産運用を行っていたそうだ。リヒ

テンシュタイン(切手で有名な国)に本社のある会社でスイスに住み、日本

では東京に二つ、千葉に一つのマンションを持っていたという。資産運用は

債権に投資したり株式に投資したりする。金額も多額なのでプラスになった

時は、それは大きな利益を生む。しかしマイナスになった時の損失額も多大

なものだ。夫は資産運用を失敗した恨みを買って殺されたような報道をなさ

れている。恐らくこれはそのとおりだろう。ある人によれば地方の証券マン

だった夫が国際部に配属され、人脈を広げ、外資の資産運用会社に転職し資

産運用を任され、それで成功を収めた、という。しかし、夫妻は殺害された。

夫は私の年齢に達していない。資産運用で成功をすれば多額の報酬が約束さ

れる。であれば失敗すれば埋め合わせするのが理屈である。しかし、法律で

はこの埋め合わせは禁じられている。私は広告の仕事をしていたし、今はコ

ンサルの仕事をしている。広告の仕事では成功報酬はありえないし、コンサ

ルの仕事も基本はありえない。会社発展や売上拡大のお手伝いはするが、そ

れが確実に実現するとは誰にもわからない。成功報酬で多額の金額を得てい

たのなら、損失を出した時は補填をするのは先ほど言ったようにそれは筋だ

ろう。しかし、法律では認められていない。しかしかれは補填をした。補填した

のは自分の命だった。同時に多額の報酬で豊かな生活を楽しんでいた妻

の命だった。子供がいたかどうかは、私はわからないが、子供がいなければ

それが唯一の幸いだったと言えるだろう。

 人に恨まれる資産家は危うい。庶民の資産家に対する僻みややっかみも厄介

なことである。‘かのうなの’の女性はゴージャスと言われているけれど、ど

こか滑稽だからこれはこれで良いか。
posted by P.S.コンサルティング at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月31日

サンフレッチェ

 3人の兄弟の矢から国を立て直す矢へ。安倍首相の所信表明演説が

行われ、いよいよ本格的に政策が動き出した。金融緩和政策、財政

政策、成長戦略。1本目と2本目の矢は賛否を別にして恣意的に発動

できるものだ。金融緩和は日銀の独立性との綱引きがあるけれど、

大凡日銀の総裁が了承した。了承したとはいうものの緩和政策の時

間軸が明示されていない。この点に限って言えば、100年後の実施

でも構わない、という官僚文法が入る余地を残している。これだけ

経済が冷え切っている現状を考えれば、国民感情に沿って政策を実

施しなくてはいけない状況である。官僚文法の効果も今回はきっと

薄くなるだろう。日銀の独立は戦時における戦費調達の反省から生

まれたものである。(これは教育委員会が行政から独立している文

脈と同じである)この独立を少し緩和して譲歩したというのが正し

いところだろう。なにせ日本経済は下落の一途を辿っていたからで

ある。

 財政政策もほぼ全容が現れた。予算が約90兆円。ほぼ半分が税収

で半分が国債発行である。これでまた国の借金は増えることになる。

この借金をどうするのか、ということになるが、まあいずれは借金

を消すことになるのか、ずっと手付かずにするか、ということだろ

う。幸いにも日本国債の買い手はほぼ国内である。これが逆だと国

債に対する義務をきっちりと果たさなければいけないのだろうけれ

ど、国内で処理できる限りはのりしろがまだまだ十分にある。官僚

文法と政治家文法がコラボすればきっとシナジーも発揮することだ

ろう。公共事業も大きな話題となっている。高度成長に時代に作ら

れたインフラが老朽化しているというものだ。きっとそれは間違い

ないだろう。これは直ちに修復して欲しいと思うのは私だけではな

いだろう。この財政政策で明らかにわかっていることがある。借金

は未来の世代が負うということだ。感情論に流されても仕方ないが、

未来が現在の連続だとするなら、現在を何とかするしかない。

次に成長戦略である。これは投資と言ってもいいだろう。これが一

番の不確実で不確定要素である。芽はある。これはあくまでも可能

性で、これが成長して大きな事業となるかは上の二つ以上にリスク

がある。とはいうものの、現在は皆が今までに体験したことがない

ほどのスピードで変化をしている。今ある成功にあぐらをかいてい

ればたちまちに足元を救われる。だから常にリスクを犯してでも投

資が必要だ。

少しずつ明るく。少しずつ自信を回復して。次代に引き継ぐ。
posted by P.S.コンサルティング at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記