2013年01月25日

53回

 毎年に必ず一度は来る。今年は思いのほか寒い日です。

 午前中にアルジェリアの武装勢力に殺害された日本人の

方々が羽田に戻って来ました。

 日本の首相の声も届かず、アルジェリアの首相は武装勢

力に対して強硬姿勢で望み、攻撃をかけたのでした。ニュ

ースによるとアルジェリアには資源開発のために、日本の

ほかの国の進出もあったようですが、その国の声も届かな

かったようです。現在の資源開発はどんどんと未開拓の地

域に行きます。先進国の資源地帯の殆どが開発されている

らしく、いまでは北極や南極、砂漠、海底の資源争奪が始

まっています。北極点の海底地点はどこの国のものなのか、

も争いの一つだと言われています。資源のない日本なので、

その国に代わって資源開発を行い、その国の資源採掘、資源

使用に対してアドバンテージを持つ。これは日本の国にとっ

ては欠かせないことです。日本という国の限界かもしれませ

ん。

 朝起きて、飛行機から降りてくる彼らの遺体をテレビの

画面に見ている最中に、家事をしていた妻から「お誕生日

おめでとうございます」と声をかけられました。妻はテレ

ビの画面が何を映しているのか意識がなかったようです。

資源開発の仕事に生死をかけて、働いた結果の残念な姿を

見ていた私は妻の言葉がどこか風のように軽さに感じまし

た。妻には申し訳なく思いましたが。53回目の年は父が死

んだ年でもあります。

自分は53回目の誕生日を迎えられている。テレビの画面を

見ながら、誰に対してでもなくありがたいと感じる朝でした。
 
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2013年01月23日

思い出のセンセイ

学生時代の担任の先生というのはクラブの顧問の先生や修学旅行

のバスガイドさんよりも強烈に印象に残るものである。担任の先生

は学生時代を通して何人いるのだろうか?もちろん人によると思う

が、私は12人の担任がいた。幼稚園では綺麗なU先生。小学校に入

れば1年生・2年生と一人ずつ。3・4年、5・6年は持ち上がりで

一人ずつ。中学生・高校生は毎年担任が変わり、大学の時は1年の

時に一人。総計12人。一番思い出に残っている先生はやはり受験

の時にお世話になった、中学3年と高校3年の担任の先生か。担任

の先生いかんによって生徒は人生を大きく左右されることは間違い

がない。担任の先生が好きだったので、担任の科目が好きになって、

それが自分の仕事に結びついているとか、またその逆のケースもあ

る。卒業後、何十年も経て同窓会を行った時に担任の先生が呼ばれ

るかどうかが、担任の先生の人気のバロメーターにもなる。それほ

どに担任の先生は生徒の人生に大きく影響を与える。例えば、例え

ばだが、受験を生徒を受け持った担任が2月に自分から退職をする、

と言い出したら生徒はどんな思いをするのだろうか?2月はまだ受験

が終わっていない。受験シーズン真っ盛りである。

 各行政が発表したセンセイの退職金減額の決定が波紋を読んでいる。

決定の効果は3月1日に施行なので、センセイは減額措置が取られ

る前日の2月末日に退職をするというわけだ。退職金を減らされる

前に退職をするというわけで、これだけをみれば労働者の権利なの

で悪いというわけではない。しかし、一般の労働者と違うのは学校

の先生、それも担任を抱えている先生も含まれているというところ

だ。生徒よりお金。センセイも自分の生活があるから仕様がないの

かもしれない。しかし、2月に担任がいなくなった受験生達はどんな

気持ちだろうか・・・。3月1日から施行される決定を行った行政

も不見識だ。このようになることは予想できただろう。予想できな

かったというのなら、世間がわかっていないといわれも仕方がない。

世間をわからない人たちがどうして行政をおこなえるのだろう?セ

ンセイも変わったと言われても仕方がない。露骨に生徒よりお金だ。

2月にクラスの担任を放棄して退職した先生の生徒たちに提言がある。

これから数十年後自分たちより退職金を優先した先生を同窓会に呼ん

で、ぜひご馳走してあげよう。そして延々と思い出話に花を咲かせよ

うではないか?

目先だけの行政の決定、乾びた先生の判断。被害を受けるのは子供

達である。
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2013年01月17日

受験の可能性

 日本では受験(入社試験を除く)をする数が人によって違う。幼

稚舎から大学まであるようなところはまあ、幼稚園に入る時が唯一

の受験になる。公立の幼稚園、小学校、高校にルートを進むと受験

は高校入学と大学入学の2回だ。受験をするのが良いのか、しない

ほうが良いのかの判断は、人によると思うが、受ける方からすれば

少ないに越したことはない。また高校受験と大学受験ではその意味

合いが全く違ってくる。社会に出れば、学歴として大学名を出すこ

とが多いから、大学受験はまあ社会生活に関わるほどのものだ。で

は、高校受験があまり意味がないかというと、もちろんそうではな

い。今では大分と少なくなってきたが、高校受験を選ばない人々は

働きに出てしまうので、高校受験を迎える人にとって初めての人生

の選択があるというわけだ。また高校受験は5校も6校も受けるこ

とはできない。日本の制度がそのようになっているのではないかと

思う。だから高校受験は本当に的を絞った試験となる。

 大阪の橋本市長が体罰で自殺生徒をだした高校の受験を中止する

と発言した。この事件に関して、橋本氏は誠実で実直で正直なとこ

ろがあまりに出たためか、コメントを変更している。元プロ野球の

桑田選手がスポーツ選手に対する体罰否定をマスコミのインタビュ

ーで答えた。それに対して一転、桑田氏のコメントを支持するよう

になった。違和感の覚える桑田発言である。コメント変更に加えて、

入試の中止を発表した、というわけだ。私は橋本氏の行動・言動に

どちらかというと賛成している。地盤沈下の大阪を復活させる気概

が伝わってくるからだ。しかし、この入学試験中止には賛成できな

い。体罰で自殺者をだす校風(学校風土)がある。その校風を是正

しない限り入学を認めないとは・・・。校風に蓋をしてきたのは現

場の大人たちである。この学校の入学を希望する子供たちには関係

がない。それに、これは校風なのだろうか?校風なんていうのは変

えようと思えば短時間で変わる。それを受け付けなかった大人たち

がいたからだ。昭和20年8月16日を思い起こせば良い。青い目

の日産自動車を見れば良い。変えようとすればすぐに変わるのだ。

それをしない大人が悪いのだ。重ねていうが、子供たちには責任は

ない。入試は実施すべきだと私は思っている。
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2013年01月16日

思い出の渚

 思い出の渚が湘南の海であることがわかったのは大学生の頃だったろうか?

名曲を送り出したグループは加山雄三とコラボすることが多く、バックに見える

渚はいつも若者を魅了する場所だった。東京の大学生だった頃、この海に憧れ

て数回いったけれど、やはり私は田舎者であか抜けない学生で、憧れは常に

持っていたが、近視の影響もあり、なじめかった。実を言うとその渚に一緒に

遊びに行く女友達がいなかっただけなのだが。そんなあか抜けない学生の

思い出にあるもう一つの渚がある。新宿の映画館だったと思う。エンディング

のクレジットを見ながら、私は立ち上がれなかった。これほどまでに条理と不

条理を描き出しその映画に腰を抜かしてしまった。腰を抜かしたまま、私は2

度目のフイルムを見始めたのだ。その邦画を見ようと思ったのは当時、学生

の必須の情報誌‘ぴあ’で映画批評を読んだからだ。当時の映画は少し値段

が高く、これだけのお金を払うのなら、見るのは洋画でしか元がとれないと思っ

ていたからだ。多くの映画好きは同じように思っていたと思う。それほど邦画は

価値を感じなかった。邦画は戦争映画で、お笑いタレントと音楽家を俳優に登

用した話題作だった。

「戦場のメリークリスマス」。

それまでの邦画の戦争映画は勇壮なもの、兵士を尊ぶもの、国を誇るものが殆

んどであった。しかしこの映画は違った。日本人・日本軍がもつ精神性、過剰な

精神性からくる数多の不条理を見事に西洋の理性・啓蒙と対比して描き出し

たのだ。不条理を貫き通し実行した末に、死刑に向かう兵士のその清々しい表

情。ビートたけしが好演している。これほどまでの自我を破壊させる日本軍は何だ

ったんだろうと考えさせる。また不条理を非公式の規範として軍に徹底させる坂

本龍一のその美しさ。こんなものみたことがない、映画がそこにあったのだ。監督

は大島渚。でかい声のうるさく大きな体の男である。朝まで生テレビにも出演した

論客である。相手を一括する‘バカヤロー’の声が今も耳に残っている。倒れてか

らはテレビの画面からは大凡姿を消したが、それでも映画の撮影を行っていたと

いう。18年の闘病生活を経て、鬼籍に入った。「戦場のメリークリスマス」は私の

おすすめ映画のベスト10に入る作品である。今も鮮明に記憶に残っている思い出

の大島渚。ご冥福を祈ります。
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2013年01月13日

キンタロー。

 最後の最後まで嘘をつき通して、引退した人の番組がまだ高視聴率を稼い

でいる。人気の高いお笑い芸人であったが、私は好きでも、嫌いでもない。た

だ生理的に受け付けなかっただけだ。だからその番組を私は見ることはなかっ

た。でも高視聴率であtった。日曜日の夜九時ゴールデンタイム中のゴールデン

タイムである。その時間はたまたまNHKスペシャルをみることが多い。あとは映

画。NHKスペシャルは深海の大イカの話で興味はなかった。映画はすでに見た

映画だったので、たまたま見ていなかった高視聴率番組をみることになった。

内容は今年売りだす新人芸人の質問に辛口芸能人が答えるというもの。司会

は私が是非頑張ってほしいと思っている東野幸治。13歳から61歳までの新人

タレントが今年に売りだす。そのなかのキンタロー。嬢。31才の女性。20代は

社交ダンスの講師をしていて、一念発起してのお笑いタレントに。そのネタが

AKB48の前田敦子のモノマネ。その姿も失礼だがお笑いにピッタシ。彼女の

芸のテンポ、体のリズム感、話し方。それらすべてが既に突きぬけている。

数年前に流行ったグウーッと叫んでいた女性がいたが、彼女の芸に多くの人が

楽しんでいたが私にとっては笑えるものではなかった。突きぬけ感があったけ

れど、どこか悲痛なニュアンスが漂っていた。彼女自身が楽しんでいる風には

決して見えなったのである。グーッの彼女は美人であった。それに比べてのキ

ンタロー。女性なのにこの芸名も興味を惹くことながら、芸自体を彼女自信が楽

しんでいるように見えるのだ。突きぬけ感のその先が青空で虹がかかっている

ようである。実際に失礼ながら顔が大きく、子どものような体の上に置かれてあ

る。そのアンバランスも楽しくてとてもよい感じである。視聴率は稼いでいたが、

他人をたたきのめす笑いではなく、自分自身が楽しく、突きぬけていてお客

も笑わせるキンタロー。嬢。ぜひ人気がでてほしいものである。ただ、モノマ

ネが一芸だけでは息がもしかしたら短いかもしれない。是非売れて長く続けて

ほしい新芸人だ。

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2013年01月11日

年明け1週間

今日は11日の金曜日。あすから3連休。今年の年明けは暦の関係もあって、1月

6日までの長い正月休みがあった人も多いはず。6日まで目一杯休んで、7日から

普段の生活がスタート。皆さん、これが結構しんどかったのではないのですが。

私が勝手に思うのはやはり、正月明けは4日が挨拶で少し出社して、5日にご挨

拶回りを初めて、2日ぐらいの挨拶回りをしてそして土曜日がいいような・・・。

正月明けのお酒漬けの体には突然に月曜日から金曜日までのフル稼働は厳しく、

助走として2・3日体を動かして、休みをいれてフル稼働がいいような感じが

する。今年は仕事の関係で私は4日の午後出社して、5日にお客さんの所へ打

ち合わせにいったので、軽く助走はできたので、体のリズムとしては良かった。

 まあ寒い。温暖化の心配はどこへ行ったのだろう。この寒さを天気予報氏は

いつも解説してくれるけれど、寒い理由がわかったって、寒さが緩むワケじゃ

ない。夏は暑く、冬は寒いのが良いというけれど、その振り幅はやはり大人し

めにして欲しいと思うわけ。年明けとともに安倍政権のおかげで景気はなんと

なく光明が見え出したような感じがするけれど。これが安倍総理の本の数日間

の出来事を考えてみれば、本当に民主党政権は何をどうしていたのだろうか、

と毒づいてみたくなる。これが借金を大きく増やす原因だという言い方もある

けれど。きっとそれは間違っていないのかもしれない。しかし、人々の顔はや

はり明るいほうが良い。民主党政権期で人の顔が明るくなったことがあるだろ

うか?民主党チルドレンの顔だけは明るかったけれど、彼女らの顔が明るかっ

た分、返って、彼ら・彼女らの行方の寂しさの影が濃い。民主党は国民が期待

したことのいくらが実現できたのだろう?実現した政策もあるのだろうけれど、

人々の顔を明るくするまでのことはなかった。

 3連休はまた寒波がやってくるそうだ。年齢のせいか、ズボン下のタイツが離

せないでいる。ロングコートを常に使用するわけではないので、このタイツはと

ても重宝している。昔はパッチと言っていて、らくだののものが流行ったが、今

は黒のスポーツタイプのタイツをはいていて、これはとてもスマートである。こ

の休みもタイツは手放せない。この一週間で酒漬けの気分も体調も吹っ切れたよ

うだ。連休明けは、松の内も終わり、誰もが正月気分を落としているだろう。
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2013年01月10日

体罰

小学生2年の担任の先生(45年も前になるな)だったと思うが、とても美人

の先生だった。美人なのに先生の笑顔の記憶がない。私の思い出の先生の顔

はいつもきりっとしている。世間一般ではまだまだ女性の社会進出が少ない

頃だったのに、学校の先生は何故か女性の先生も多かったように思える。キ

リッとした美人先生の得意技が、我々児童を先生の表情と同じように緊張さ

せた。先生の得意技はサンドイッチビンタ。ビンタといえば大晦日のダウン

タウンの「ガキの使いやあらへんで」でプロレスラーの蝶野に山崎邦正が打た

れるものである。あれは強いて言うなら片手ビンタ。蝶野選手の右手の平手

が山崎邦正の左頬を思い切り打つ。ビンタでいうなら頬で止めるのが痛いか、

打ち抜くのが痛いのか、いつも疑問に残るところだ。まあ、蝶野選手のビン

タならどちらとも比べる程もなく痛いだろう。ビンタを受けた山崎邦正の歪

んだ顔をみればその痛さが伝わってくる。

 担任の美人先生のビンタは、両手で相手の両頬を触る。その時の先生の手

の冷たさが思い出される。頬から手が離れると我々は目をつぶるだけ。ピシ

ッと音がして、両頬は先生の手形を残して赤くなる。先生はにこりともしな

い。そして我々は反省する。

 大阪の高校のバスケット部キャプテンが顧問の先生の体罰を苦にして自ら

命を絶った。17歳である。この高校は強豪で、大阪府では名を馳せるほどの

強いバスケットだという。私は現在大阪に住んでいて、大阪の高校も出たこ

の高校の名前は知っている。スポーツ部はバスケット部に限らず、強い部が

多い。顧問の体罰は多くの生徒や先生には知れていた。

少し前にこの顧問が体罰をしていると通報があり、校長が調査をしたところ

15分の調査で、体罰はなかった、と判断したという。お手盛りと言われても

仕方ない。

 なぜこのキャプテンは自殺するより、バスケット部をやめるという手段を

選ばなかったのだろうか。これが残念でならない。ご両親も悲痛の極みだろ

う。これからの人生である。人生の山道をまだ3合目ほどしか進んでいないの

だ。若者特有の正義感や猪突さが彼にはもしかすれば強かったのかもしれない。

もっともっと広い見聞があれば、別の道を選んでいたのにと思わずにはいら

れない。

 サンドイッチビンタで頬にのこる美人先生の手形は10分もすれば消える。

そして我々は2度と美人先生のサンドイッチビンタを受けないように行動を

改める。体罰は反省を促すほどのものが限度である。苦痛として悩ますほど

のものであってはならない。ちなみに私は親として子供たちに体罰を行った

かというと、行った。体罰はげんこつをつくり、頭のてっぺんに一回思いっ

きり振り下ろすだけである。あとは忘れる。体罰は記憶にはしっかりと残し

ながら、すぐに忘れさせるものでなければいけない。

 顧問の先生にはこれから社会の処罰が待っているだろう。きっと体罰より

もずっとずっと厳しいものであるが、自殺をさせるものではない。この点が

私には澱が残ってしまうのである。
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2013年01月08日

北の京より

 現在、世界でもっとも注目されている街の一つである。ワシントン、モスクワ、

ロンドン、そして北京。世界の真ん中にあるという国はまさしくその立場を世界

の中央に迫ってきている。毎日のようにテレビの映像に流される天安門の広場は

劇的な変化を数年で起こしているそうだ。変わらないのは建国の父である肖像画

だけのようだ。

 我々が思う以上に北京は住みやすい。と、長男が白いご飯を口に運びながら

抑揚なく呟いた。我が家の長男が家で初めて中国の北京に行ってきた。円高の

影響もあるのだろうが、物価が安いらしい。街の様相もさすがに国随一の政治

都市だけあって治安がよい。長男は高校の時の同級生が北京に留学しているの

で、数日間その学生寮に同居人となってきた。外来者が学生寮に宿泊するのは

原則禁止らしい。関空を昼過ぎに飛び立った彼は、夕刻北京の国際空港に着き、

迎えに来てくれた友達と一緒に学生寮に向かった。昼間は学生寮は寮に入って

いる学生たちの知人や友人の来客が多いらしい。これは中国も日本も変わらな

い。そして来客たちはある程度の時間を過ごして帰って行くらしいのだ。息子

も外来の者が宿泊しているのが見つかると追い出されるらしい、と友達から聞

かされていた。「でも、まあ、それは原則だから」と友達は笑いながら話して

いたらしい。親の私も真冬のど真ん中の季節に、寮の部屋に外来者が宿泊され

ているのを寮の管理人に見つかり、追い出されたりしたらどうするのだろう、

と不安に思ったりしたが・・。

何せ私のイメージでは共産国は原則の国である。この原則がまかり通るから不

正がやまない。まさか、寮の管理人に袖の下を渡したりしないだろうとは思っ

たけれども。まさか貧乏旅行をする学生から賄賂を強制したりしまい。友達も笑

いながら話していた通り、我が息子は原則外来者の宿泊が禁止の寮で4日間も泊

まりとおしたわけである。

 現在の北京は至極安定しているらしい。現在の日本は北の京と政治に端を発

した微妙な関係を経済や文化の交流を通して何とか修復しようとする。今回の

日本の政権交代はとてもニュースになっているそうだ。安倍さんのあり方が

とても気になるのだろう。現在の日本は安倍さんのおかげで株価があがり、円

がやすくなり、景気の回復の導火線に火がつきそうである。日本の人々は景気

回復の導火線に火が着くのを待っているのだ。万が一も違わずに北の京との

政治対決の導火線には火がついてほしくない。

 息子は友達へのお土産にポン酢を持参した。友達がどうしてもポン酢が食

いたいと息子にリクエストしてきたのである。私にとってポン酢は冬の味で

ある。鍋にポン酢を使うのがたまらない。この寒い季節、これ以上の調味料

があるのかと思うほどだ。もっともっとポン酢が一般的になってこちらの国

の人々と同じように北の京の高級官僚もポン酢を使って鍋を食えば、政治の

問題の理解度も少しは違ってくると思うのだが・・・。ポン酢にはそれだけ

の力があると思うのは変だろうか?息子は無事に我が家に帰ってきたが、寮

にいる友達にはぜひ、中国の学生達と一緒にポン酢を食ってもらいたい

なと、少し強く思っているのだ。



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2013年01月07日

2013年 新年

 新年あけましておめでとうございます。今日は1月7日。暦の関係で今日が

今年の初出の人も多かったはず。さすがに大阪市内の幹線道路はご挨拶回りの

車にあふれて混雑していました。年末の行く年を惜しむ叙情的な気分は街には

なく、来る年のビジネスに備えたそんな雰囲気がご挨拶回りで混み合う交差点

に感じました。

 新年を迎えては初夢が気になるところです。正月版の日経にも掲載されて

いましたが、期待するべく夢々しい話と、来ては欲しくない世界の夢との両

方がありました。安倍さんのおかげで株価が上がり、円安になるのは日本経

済にとってはよいことですが、庶民の懐に届くまではまだまだあと1回か2回

の初夢を見ないといけないらしいです。

 我が家の正月は例年と同じく一族が本家に集まって法事を行い、新年の挨

拶を行います。私が幼い頃は父親の兄弟家族と父親の従兄弟達家族が集まり、

30名から40名が正月に顔を揃えていました。あまり部屋数がないので、どの

部屋に入っても4人から5人の子供や大人がいて、それは賑やかでした。親族

といっても一年ぶりだとか、中には何年ぶりだという同窓会的な様相もあり

ました。お酒も入って、さすがに正月は楽しい話が多く、親族がどれぐらい

いるのか、確認の場でもありました。時が進んで今年は母親もいれて9人の

お正月でした。私の母と家族5人、それと弟の家族3人。正月に集まる人の数

の変化に母は、寂しくもあり、ほっとした気分もあり。30人から40名あつま

る正月はご飯の支度もそれは大変だったようです。私は小さいながら見てい

たのですが、小さくて母親の苦労は分からずじまいでした。今になってその

時の大変さが想像できます。

 不況が少し退陣しそうなこの年明け。今年が良い年になりますよう、願い

を込めて。
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2012年08月22日

目のつけどころ

今年も夏が終わりそうだ。夏が終わりかけの時期に始まるのが、年末の同窓会・OB

会の準備。高校のクラブのOB会が毎年年末に開催されるその準備を行う。私は高

校を卒業して30数年になる。各年代の参加可能な人が出席して今年のOB会の運営

を話し合う。

 そこに初めて見る後輩がいた。歳は30すぎ。勤めは目の付け所がシャープな、シャ

ープに勤めているという。研究畑で入社した。彼が入社した頃はシャープが液晶で世

の中を席捲したいた頃だ。就職の際、日本を代表する経営の神様が起こした企業に内

定が決まっていたのだが、その当時の勢いでシャープに入社した。亀山モデルは世界

のスタンダードのような勢いだったし、更なる製造工場の建設で各自治体が誘致に大

きく名をあげて競った。結果私が住む堺市に建設が決まったのだが、決まった当たり

から雲行きが怪しくなった。いまでは堺工場を売却するという。シャープは経営戦略

が明白だった。「選択と集中」というビジネススクールで習う基本策を実行していた。

分野は液晶と太陽光電池。選択と集中は数多い事業分野を持っていたGE(ジェネラ

ルエレクトリック)が会社の再生を図るために事業分野で3位以下に位置している事

業を全て整理したことから始まっている。GEは事業分野で1位と2位の事業に特化し、

会社の再生を図った。一方、シャープは選択と集中が威力を発揮していたのはわずか

の期間だけだった。10年も続いたろうか。選択と集中に特化した分野を新興国の企業

が足元からすくってしまったのだ。シャープはひっくり返ったどころの騒ぎではなく

なってしまった。勿論ユーロ危機に端を発している円高という要因もある。しかし、

シャープは他に逃れられないほどに選択と集中を実行してきたのではなかったか。

 人員削減をシャープは急いでいる。早期の立て直しを図らないと泥沼は続き、深み

は益々増すばかりだからだ。後輩はきっとシャープを立て直す世代に名を連ねるだろ

う。目の付け所(差別化)で躍進してきた企業である。その目はまた魅力のある付け

所を探しだすに違いない。そう願っている。
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2012年08月03日

祭りの影

先日、夏祭りのことをここで書かせていただいた。夏に行われる祭りは、秋の祭

りと違って雄壮な響きがある。その土地独自の伝統というものでもあろうか?生

命力がみなぎる。神輿を曳く男たちは水をかぶりながら、また大汗を書きながら、

眩しい身の肌を出している。それが生きる力を打ち出しているようで眩しい感じ

がする。一方秋の祭りは、多くは収穫際である。春に蒔いた種が、夏を過ぎて、

無事に秋に実る。この実りのお影で人々は生きて行くことができる。その感謝

を祝うのである。

 オリンピックは祭りなのだろうか?祭典とは言われている。祭典と祭りはど

こがちがうのだろうか?祭りは日常の生活の中にある非日常ではないか、と思

う。祭りが終われば人々は普段の生活に戻る。オリンピック選手はオリンピッ

クの祭りが終われば日常の生活に戻れるのだろうか?いささか、この祭りは宝

くじのような要素をどこかに帯びているのではないか、と思う。期待されてそ

れが上手くいかなかった選手は普通の生活に戻れるのだろうか?国によっては

金メダルを獲得できれば、その後の一生の生活が保証されている、と聞く。宝

くじも大金を手に入れる夢をみるのだが、この夢が実現した後にはその夢が悪

夢になる人も多くいるときく。オリンピックを夢の悪夢と思える人もゼロでは

ないだろう。その時にどのように対応していくのか、がその人のその後の人生

となる。

 バトミントンの選手の実力選手の多くが失格になった。IOC委員会は今回

からバトミントンに1次リーグ戦方式を取り入れた。一次リーグ戦方式はサッカ

ーに見られる。サッカーはチーム戦であり、バトミントンは個人戦(シングル

戦とダブルス戦)である。一次リーグの成績如何で決勝トーナメントの相手が

きまる。バトミントンの選手たちは、決勝トーナメントの対戦組み合わせを考

えて、わざと負けたらしい。このわざと負けたことが委員会の逆鱗に触れて失

格となったのである。私は思うのだが、彼女たちにとっては、負けることも戦

略ではないのか、ということだ。サッカーであれば、1次リーグ突破を決めた

チームはその後の試合で控え選手を大幅に出すこともある。勝利を放棄して経

験を優先させている。選手は金メダルを獲得するためにオリンピックに参加し

ているはずである。選手らは八百長をしていたわけではない。オリンピックの

影となったニュースである。私はどこか判然としない。金メダルを獲得するた

めの戦略が裏目にでた、ということかもしれない。

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2012年08月01日

夏祭り

今年はどうしたわけか、先週から岸和田の花火大会、天神祭、住吉祭りと祭りづい

ている。今日はPLの花火があり、富田林辺りは人と来るまで混みそうである。

 自分でも不思議なものだが、祭りに行ってみようという気分になっている。オリ

ンピック自体がスポーツの祭典ということで世界がお祭り気分に浸っている反動か

もしれない。選手たちにとっては祭りどころか、自分の人生をかけているぐらいな

ので、祭りという気分でないかもしれない。しかし、どこかたかが競技だというぐ

らいに突き放さないと、重圧に負けてしまうこともある。リラックスできる祭りで

あればよい。

 祭りの出店に出稼ぎの人をみかけることがある。東南アジア系の人だろうか。一

見すればちょっと違うかな、と思うぐらいだが、話すと違うと確認できる。日本の

伝統のお祭りを彩る出店にもグローバルな感じが出ているのだと変に納得したりす

る。フランクフルトを売っていたり、広島焼きを東南アジアの人が売っている。味

は勿論大味なので、変わっているわけではない。しかし、この人たちがうる値段が

他の日本人が売る店の値段より安く設定されている。出店のフランクフルトは通常

200円だが、150円。広島焼きは通常400円ぐらいなのが、300円。割安に感じる。

これも人件費の違いなのだろう。

 夏祭りの風景の違いはそんなもので、若い女の子の浴衣姿や、中学生や高校生の

男女のグループがよそよそしく歩いているのは昔も今も変わらない。夏祭りを舞台

にした小説や映画は昔も数多く作られ、勿論今も多く作られているはずだし、これ

からもきっと多く作られるだろう。この夏祭りが終わると夏の前半戦が終わり、お

盆を迎える中盤戦で、甲子園大会が終わると夏は背を向けだし、秋が忍び込んでく

るスペースを作る。

8月1日。今日も日本のどこかで夏祭りが催されているだろう。
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2012年07月31日

天に向かって

演技のフィニッシュで、彼の体は天に向かって伸びなかった。結果、着地は体が崩

れたような格好になった。着地後の彼の表情は固く、日本チームはメダルに届かな

い、と多くの人が思っただろう。内村航平選手のあん馬の演技である。その後、日

本チームの抗議により、判定が覆り、日本体操チームは銀メダルを獲得した。金メ

ダルは中国。予選では日本を下回る順位だったはずだが、決勝ではやはり中国が

強かった、という結果となった。

 夏の甲子園には魔物が潜んでいるというが、オリンピックもそうだろいわれる。

では世界選手権やワールドカップでは魔物が棲んでいないのか、と問いたくなる。

内村航平選手は世界選手権を3連覇している。それほどの実力の持ち主でもこのロ

ンドンオリンピックでは普段の力が出せないでいる。落下も一度ではない。先に書

いたあん馬でも納得のいかない演技である。何よりも顔が硬い。これだけでも彼の

今の状況が伺い知れるだろう。

 一方男子サッカーチームが快進撃をしている。世界最強と言われるスペインに番

狂わせの勝利を手にし、モロッコ戦でも勝利して、グループの首位通過の可能性が

高い。内村選手は魔物に遊ばれ、サッカーチームは魔物を恋人にしたのかもしれな

い。魔物の威力は夏の甲子園やオリンピックに強くでるのではないか、と私は感じ

ている。理由は世論や地元の期待が過剰にかかるからだ。この呪縛が昔から日本の

悪しき面だと言われてきた。この悪しき面は未だに変わらない。行き過ぎたマスコ

ミ報道がその背景にあるのは異論を待たない。それでていて、マスコミは自重する

のか、と言えば自重する理由がどこにも見当たらない。マスコミとはそういうもの

だから。戦争を煽っても、マスコミから戦犯がでたときいたことがあるだろうか?

自衛隊出身のマラソン選手は過剰な周囲の期待から逃れるために、自分の手で天

に出向いてしまった。

 内村選手で言えば、まだ個人総合や種目別が残っている。魔物を恋人にする機会

はまだ残っている。男子サッカーチームにしても魔物が恋人から変わってしまうと

いう機会も残している。どちらも気の抜けない残りの時間である。参加するどの選

手もが表彰台の真ん中にたち、一番に輝くメダルを胸にかけ、天に向かって満面の

笑がみつることになればよい、と願っている。

 
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2012年07月24日

境目は何?

7月末までに行われている研修会で、大津からこられている方がいる。研修会は

マーケティングの中級から上級の内容で、関西の有名私学の経営大学院の教授

が講師を務めている。

昨日の内容は専門店が量販店に対してどのように対抗していくか、のマーケテ

ィング戦略を考えることだった。段々と専門店と量販店の事業領域が重なって

きている。

 帰り道、大津出身の方に「今は大津が結構注目されていますね」と話を振っ

た。彼は苦笑いをしただけで、地下街に消えていった。

 大津で注目されているのはいじめ問題である。いじめの問題は昔からあるも

のだ。私も一時期いじめにあったことがあり、その時の悔しさは忘れるもので

はない。私の場合は、大声を出しながらいじめた奴を一人一人ぶん殴って行っ

た。中学1年の夏先のことだ。

 大津では学校と教育委員会での対応の杜撰さがいじめの問題を増幅させてい

る。よくもまあ、こんなにひどい対応ができるものかと思うほどだ。警察が介

入して、刑事事件に発展しそうである。刑事事件になれば真相はだんだんと明

らかになっていくはずである。もちろんどこまで明らかになるかは、やってみ

ないとわからない。いじめをした同級生は3人らしい。彼らはいじめの認識はな

く、遊びだとしている。また学校は喧嘩だとしているところもある。遊びであ

れば、両者は納得したものっぽく、対等のような感じがある。また喧嘩もそう

だ。喧嘩は双方の力の出し合いなので、これはスタートは対等だ。勿論力の差

があって、勝敗はつく。勝者、敗者である。いじめはそうではない。いじめは

頭から勝者、敗者は決まっている。だからいじめなのだ。このいじめと遊び、

いじめと喧嘩の境目がどうにもはっきりしない。これは状況からの判断でしか

ないのではないか。そう、しつけと虐待のように。幼児に対する虐待も躾と抗

弁している人の何と多いことか。最近は何だか虐待のニュースは聞こえなくな

ったが、これが少なくなったことと相関していれば喜ばしいが。いじめと遊び、

いじめと喧嘩。この境目の判断はなんとも微妙である。いじめられた本人は残

念だがもうこの世にはいない。この世に残っているのは、遊びと抗弁している

いじめを行なったとされる3人だけである。この境目は同級生の目撃とアンケ

ートの内容の実証、3人の話す内容で左右される。なんとも難しい。

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2012年06月19日

レアカード

私が住む堺市では、秋に堺まつりが開かれる。堺は中世の自治都市と南蛮貿易で

栄えた歴史があり、堺まつりでは南蛮行列が進む。このメインとなる通りの近く

にザビエル公園という名前の公園が或ぐらいである。この公園はかのフランシス

コザビエルのゆかりだったとレリーフには書いてあったと思う。このお祭り堺市

では年に1回のお祭りなので、多くの出店も揃う。去年はかみさんと二人で出か

けたが、それまでは子供を連れて、この祭りの見学に来ていた。まあ、大人は演

物をみるのだが、子供はどちらかと言えば出し物より出店に興味がいく。以前の

私たちもそうだったが、出店に自分のお小遣いをポケットに入れて、好きなもの

を買うのが楽しみであった。我々の頃と違う出店が最近ある。それはレアカード

を売っている店だ。このレアカード、子供の遊びの中でカードを使った遊びがあ

り、その中のユニークなカードのことだ、ユニークと言っても殆どが強いカード

である。その強さが桁違いなのでレアなのだ。うちの子供もご多分に漏れずこの

カードが欲しくて堪らない。自分のひと月のお小遣いをカードのくじで使ってし

まうほどだ。一昨年だったか、うちの子供が堺まつりの出店でカードのくじを行

なった。当たったカードは自分の納得の行くものではなかった。しかし、母親と

の約束は一回切り。彼の顔には残念で仕方がなく、無念さが溢れるものだった。

その顔を見て妻がおれたのか、もう一度だけやっても良いというお許しが出た。

目の色が変わった息子は,次は絶対にレアカードを当てると意気込み、店を選び

出した。そこの一つの店で初老の男性が「絶対にレアカード当たるよ。外れなし、

だよ」と子供たちに語りかけていた。この言葉に釣られて息子はその店のくじを

引いた。最後のお小遣いとレアカードがあたる希望を満たして。結果はクズカー

ドと呼ばれるカードを3枚手渡された。息子の目にはみるみる涙が浮かんだように

見えた。初老の男性はさっさと別の子供に向かって「レアカード、絶対に当たる

よ」と叫んでいた。

 腹の虫が収まらない息子と妻は30秒ほど、離れたところからその初老の男性を

睨んでいたらしい。

 私はこの話を聞いて‘世の中とはこんなものだ’とは思ったが、息子には言えな

い。ただ息子には苦い大人の世界を垣間見たと言うことなのだろう。彼は2度とカー

ドのくじを引かないのではないか、と思う。数百円の世間の勉強料だと思えば、そ

うである。しかし、ここには卑屈な大人の品性があると思わざるをえない。うちの

息子は‘絶対に’という言葉にひかれたのだ。

 コンプガチャの問題が話題になっている。所詮は自分の判断で自分のお金を使う

ゲームである。しかし、これを子供が対象であるところにどうしても品性の卑しさ

を感じざずにはおれない。テレビゲームの広がりと大人の社会性の欠如(品性の卑

しさ)に相関があるとは思いたくない。

 うちの息子は中学生になり、テレビゲームはまだ離せないが、レアも入ったカー

ドホルダーは本棚の奥に位置するようになった。
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2012年06月18日

ディベート

あるテーマに対して、賛成派と反対派に敢えて別れて、討議し合う。そこには審判

が必ずいて、どちらの論理がより有効的か、を判断する。決して相手を論破するこ

とが目的ではない。この決して相手を論破することが目的ではない、ことに私は間

違った認識を持っていた。ディベートは相手と議論の戦いを行い、相手を論破する

ものだと。だからディベートとは理屈の喧嘩、だろ。相手やり込めれば良いのだろ、

と思っていた。法廷の論争とも少し違う。法廷では相手の矛盾をつくまで、である。

その後は裁判官が判断をするわけである。ディベートとは本来もっと柔らかなもの

で、テーマに対して肯定派、反対派になるのは草野球のチーム分けみたいなもので、

そのチームになれば一生懸命に論理を展開するというわけだ。私がディベートに対

してこのような間違った認識を持つことになったのは彼の影響が大きい。(と言っ

て彼の責任にするつもりは毛頭ない)

 ほぼ17年前。まだ30才前半の頃。私はディベートというものを知らなかった。言

葉も知らなかった。そんな頃だ。30才前半はアメリカが再び、ITとビジネス思考体

系をもたげて日本を凌駕し始めていた頃。日本は失われた10年の真っただ中。彼

は戦闘的で鋭敏で刃物のような目をして、手にもつフリップをスーパーマンか正義

のヒーローがマントを払いのけるように後ろに放り投げる。マスコミでは時の人で、カ

メラの前に現れる彼は十分な論理準備をしていた。彼の名前は上祐史浩。オウム真

理教の幹部である。得意技はディベート。多くの論客と呼ばれる人々を前にし、一歩

も引かず、相手を一見圧倒しているように見える。実は何も議論を戦わせているわけ

ではなく、自分の論理を自分の都合で一方的に述べているだけだったが。しかし、テ

レビに映る時は、相手の論客の言葉をひとつも認めない。彼の論理が相手を打ち負

かしているように錯覚してしまうこともある。彼の登場により、ディベートはまたたく

間に議論する場のスキルとして広がったように思う。

 彼が昨日テレビ番組に出ていた。昼の番組で。その姿はディベートを広げた時と全

く違うものだった。おどおどして、目力はなく、相手が何を言い出すのか、怯えたよ

うに待っている・・・。昨日の彼の話はディベートと呼べるものではなく、単に質疑

応答であった。

 話は変わるが、昨日、うちの息子が大学のサークルの活動でディベートを行なった

らしい。テーマは「大学生は同棲すべきか否か」。意見を求められた、親の私は、論

理を持ち合わせることができなかった。ただ、むにゃむにゃと言葉を濁した。
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2012年06月15日

蒲田の高橋さん、

社会人になりたての頃、私は東京都大田区にある卓球クラブに所属していた。

この卓球クラブは大田区の小学校のPTA活動の卓球クラブコーチをしてい

た人達が中心でできた。私の高校の先輩がこのPTAでコーチをしていた関

係があり、誘われて入った。練習は毎日曜日の午後。PTA活動の中でも一

熱心に卓球をする数人のお母さん達も一緒だった。この小学校のある周辺は

大田区の高級住宅街であったが、池上線にのり数駅行った終点は蒲田であ

る。日曜日の練習後、私たちは決まって蒲田で疲れを癒した。

 大田区は高級住宅街もあるが、一般に知られているのは大阪の東大阪と同

じで中小企業の集積地だ。蒲田駅の近くには川が流れていて、20数年前はま

だ昭和の経済成長を彷彿とさせるような濁った色をしていた。その水面に蒲

田駅周辺の赤や青のネオンはきらびやかに映った。蒲田は中小企業労働者の

憩いの街だったのだ。

 「高橋か」

 20数年たった今、それも昨日、オウム真理教の最後の手配容疑者の高橋克

也が蒲田で捕まった。マンガ喫茶に身を寄せていた。高橋容疑者らしい人物

がいるという通報を受けて警察が駆けつけた。名前の問いかけに素直に答え

たと言う。

 最近は逃走するのなら人ごみに紛れろ、ということがあるらしい。これは

以前から言われていたのが、これを強く印象づけたのはアメリカ映画のボー

ンアイデンティティーである。逃走を続けるボーンは常に人ごみの中にまぎ

れて姿を消していた。まさかこのボーンのやり方を真似たわけではないだろ

うが、高橋容疑者は都会の中にいた。その高橋克也は昔の面影は殆どなかっ

た。眉毛を剃り、メガネを掛け、髪も多少薄くなり、指名手配の写真からは

全く違う人間の風貌になっていた。17年間の逃亡生活である。逃亡する17年

間の重みは一般市民には到底想像もつかない。同じく犠牲者となった遺族の

人たちの17年間も同じだろう。彼はこれから取り調べを受け、罪を償う入口

に位置するのだが、罪を償うことを認める人はどれぐらいいるだろうか?1日

罪を償ったところで、この1日分の贖罪も人々は拒否するのではないだろうか?

高橋さんの17年は本当に楽しいものだったのだろう。自分の希望する容貌に

も変えて、田舎の人が憧れる都会に住み続けて。そのように思わないと遺族

は堪らない。

 蒲田は一生懸命に生きる中小企業労働者には暖かい町だったが、人を貶め

るオウムには即座の退場を迫った街だった。
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2012年06月14日

希望通りになる

約3ヶ月間、ブログの更新をしませんでした。久々にこのブログを書き

ます。この間、年度末と年度始めということがあり、何かとものを考え

るのに集中できなかったというものです。これは言い訳です。言い訳は

見苦しいものと同時に読み苦しいものだとも承知しております。しかし、

この一文はどうしても書かずにはおられないのでお許し下さい。

 さて、この3箇月間にあったことで何を綴ろうか、と思っているので

すが、さすがにもう梅雨に入りそうな頃なのに、桜の季節のことを書い

ても皆さんの顔が曇り空になるようなので、最近のことを書きます。

 新年度になって(4月から)うちのカミさんが事務所に手伝いにきて

くれています。4月に末っ子が中学生に入ったので、手が空いたという

ことで仕事の手伝いに来ています。当事務所は大阪の船場の近くの本

町というところにあります。一昨日のこと、事務所に来ていたカミさんが

大学の授業を終えた娘とランチに出かけたときのことです。カミさんと

娘はグルナビを見て、ミナミ・心斎橋にあるお店にランチに行こうとし

ていたのです。心斎橋のある筋に入ると、やたらとテレビのカメラマン

クルーがいて、その傍には数人のお巡りさんもいたということです。こ

の筋はほんの数日前にミナミの通り魔事件が起きた通りでした。犯人は

30才半ば。関東から知人を頼って大阪にきていたそうで、刃物を振り

かざして無差別に人を殺したのでした。その弁が振るっている。「沢山

の人を殺せば自分も死刑になって死ぬことができる」と言うもの。殺さ

れた人は偶然にも東京から仕事で大阪へ来ていた男性のイベントプロデ

ユーサー。犯人は一度この男性を刺し、次に別の人を刺し、さらには舞

い戻ってこの男性を刺したというものでした。この事件は大きなニュー

スになりました。このニュースを初めて聞いた時、私も手が止まった程

でした。凶悪な犯罪は近代以降も数多くあります。このミナミで起きた

事件は凶悪なる犯罪史に刻まれることでしょう。無差別殺人はそれほど

のものです。犯人は自分の思い通りに、希望通りにきっと死刑になるの

ではないでしょうか。自分の願った通りになる、これはなんとも納得で

きないことです。多くの真面目に暮らしている人が希望通りにならない

世の中と戦っているというのに。こんな奴が希望通りになるとは。

 この事件に関して大阪の松井知事がコメントをしました。「死にたけ

れば、自己完結しろ、と。他人を巻き込むな」。一市民としてはよくわ

かる気持ちです。ただ知事として、政治家として発言ならば、危うい発

言かもしれない、と即座に私は感じました。その後、案の定、危うさを

指摘する輩がでてきました。これが論争に発展すると、少しは面白いか

な、と私は思っていますが。

 希望通りに世の中をわたっていけるラッキーな人は、本当にごくごく

一部の数少ない人達でしょう。
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2012年03月22日

お地蔵さん

二人の学校は共に駅から坂を登ったところにある。長男と長女の二人の今春

に入学が決まった大学だ。お陰様で二人とも第一志望の大学に決まった。親

の立場から言えば本当にホッとしている。上の男の子は1年の傘張り生活(浪

人)を過ごし、下の女の子(長女)は現役で合格した。長女の方は浪人をす

ることは避けたかったので、大学の難しさは長男には及ばないけれど、めで

たく満足する学校に入学がきまった。

 この受験に家内は毎日、家の前にあるお地蔵さんに手を合わせて祈ってい

た。我が家の前にはお地蔵さんがいる。正式には家の敷地内の一角にお地蔵

さんがいる。土地の関係から言えば、私たちがお地蔵さんに家の土地の一角

を貸して上げているということになる。家内はこのお地蔵さんに毎日手を合

わせながら子供たちの合格を祈っていた。ただ、手を合わせて祈願するだけ

ではお地蔵さんには申し訳ないので、手を合わせる際にはちょっとした供え

物をしていた。私の好物のおまんじゅうや子供たちが好きなお菓子を添えた

りしていた。

まあほとんどが和菓子なのだが、お酒を飲まない家内は和菓子と一緒にお酒、

日本酒や中にはワインなどもたまに供えていた。このお地蔵さんには簡単だ

が扉を付けてある。お供えをした時にはゆっくりとお地蔵さんがお供えを楽

しめるように家内は必ず扉をしめるそうだ。お地蔵さんは静かに誰にも邪魔

されずに美味しく供え物を食するはずなのだが、なんとこの扉を開けてお

地蔵さんに供えてあるおまんじゅうを盗む不届きものがいるのだ。お供えが

無くなっている、と家内から初めて聞いたのは半年以上前になるだろうか。

ちょっと高めの和菓子(といっても一個200円もしない)を買ってきて、お供

えをしてそれから家族で食べようとしていたのが、扉をあけると和菓子がない

のだ。お菓子を載せた小さな盆だけ残っていて、和菓子だけがない。お地蔵さ

んに供えたものだから盗まれても犯人を探すことなどせずに鷹揚にいた。あ

る時、お酒を一緒に供えた。するとお酒だけが残っている。お酒は盗ってい

かないのだから子供が和菓子を取って行っているかもしれないし、甘党の大

人が盗っていっているかもしれない。家内とは、お地蔵さんに供えているの

だから、きっとお地蔵さんが食べたんだろうと、話しているが。子供たちの

受験合格を果たしてくれたお地蔵さんである。美味しい和菓子を食してくれ

て嬉しい気分になってくれたらそれはそれで私たちも嬉しいことである。私

は願っていることがある。お地蔵さんのお菓子を盗んでいく人と出くわさな

いように、と。家内はまたお地蔵さんに美味しい和菓子を供えるだろう。和

菓子が無くなっていればきっとお地蔵さんが食しているのだ。和菓子と日本

酒を一緒に供えるこちらが野暮かもしれない。

 今日も家内はお地蔵さんに美味しそうな和菓子を供えるだろう。お地蔵さん

の口にあうことを私は疑っていない。
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2012年03月11日

ブランド

知っているようで、知らない。解ったようで解らない。このような言葉が世の中で

あふれている。なぜ人は生き続けなければいけないのか、教育とは何か、民主主

義とは何か・・・枚挙に暇がない。これらの言葉で埋もれて窒息しそうだ。この状況

を生きながらえるにはこれらを忘れてしまうか、常に聞き流すしかない。だから誰

もがあやふやで、説明を聞いても話してくれる人によって理解が違う。だからなお

さらに悩ましい。

 物が売れない時代と言われて、またそうだと実感する。このような時代に物を売

る安易な方法は値段を安くする方法だ。値段を安くして品質が従来と同じであれば、

製造者は赤字となるので、品質を下げることになる。品質が下がった安いもので消

費者は満足している。消費者が安いものを購入し続ければ企業の売り上げは伸び

ない。売り上げは減少してしまう。そして雇用者の報酬が減り、さらに安いものを購

入するようになる。これがデフレのサイクルだ。ここで企業は売り上げの減少を何

とか抑えようと手段を考える。その一つがブランドというものだ。この言葉最近頻

繁にあちらこちらで耳にするが、この言葉、解ったようで解らない。一部の人はブ

ランドというものをネーミングと認識している。これはきっと間違いだろう。ある

人は品質、対価以上に与えられる満足感という。私はこれに幾分か賛成する。別

の人はブランドとは、製造者と消費者との間に交わされる約束事だともいう。私

はこれにも与する。これらから思えるのはブランドとはソフトであり、精神的な側

面を帯びたものだと言えることだ。言い換えれば、ブランドとは決して品物のスペ

ックで表せるものではないということだ。この精神的な側面が人々が品物を購入す

る大きな制約になっているのではないか。

 このブランドが正しく働けば売り上げの拡大に大きく貢献するのだが、マイナス

に働けばそれは売り上げの拡大に大きく貢献するパワーを持って売り上げの減少

に貢献する。それが‘フクシマ’というブランドだ。

 福島産がうれない。震災が起きてから1年。ほぼ同時に放射能の被害が始まっ

た。放射能の被害はフクシマ全域にあるわけではない。放射能の被害は福島第一

原発の周辺、もしくは放射能が広がっている地域のみだ。それなのに全体として

のフクシマ産が市場から、消費者から締め出されている。ここに支えあう絆があ

るのかどうかは私にはわからないが。

政府は放射能が危険レベルには帯びていないと躍起になって告知しているが、

スペックではブランドは何ら影響を受けない。放射能線量が低いとスペックで

いくら訴えていても‘フクシマ’ブランドのマイナスはびくともしないのだ。

ではどうするか。一つは、フクシマ産は美味しい、とスペックに訴えない事実

のメッセージを送り続けることだろう。これを人海的にやるしかない。直接の

メッセージでしか、マイナスのブランドイメージを払しょくできる手立てはな

いだろう。もうひとつマイナスのブランド力が働くモノがある。‘東京電力’と

いうブランドである。ブランドを構築するのは計り知れないほどの経営資源を必

要とするが、崩壊するのはスノーブランドを思い出してもたやすく一瞬である。

ブランドとはこれほどに危うい。だからなおさら魅力的なものと考えられるの

ではないか。

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