2013年06月05日

ペナルティーキック

サッカーの日本代表男子がブラジルワールドカップの出場が決定し

ました。強敵のオーストラリアと引き分け、勝ち点1を獲得し、出

場を決めたのです。おめでとうございます。これでフランス大会か

らの5大会連続出場を果たしました。選手の皆様、ご苦労様でした。

 ワールドカップ出場を決めたゴールは本田選手のペナルティーキ

ックでした。ペナルティーキックはゴール前のペナルティエリア内

で、相手が反則した際に与えられるものです。ゴール前の位置にボ

ールを置き、キッカーがける権利を与えられます。ゴールキーパー

とキッカーの1対1の真剣勝負です。オーストラリアのゴールキーパ

ーはイングランドのプレミアリーグでも活躍する名プレーヤーです。

身長は高く、腕は長く、蜘蛛が伸びをするようなそんな感じのキー

パーです。本田選手はゴールのど真ん中、キーパーが立つ位置を狙

って思い切り足を振り抜きました。キーパーは向かって右に大きく

翔んだのです。真ん中のスペースは何ら警戒がなく、口をパックリ

開いたトンネルの入口のようでした。ボールは見事にトンネルに吸

い込まれました。見事なペナルティーキックでした。

 日本チームでペナルティーキックの名手と言えば、大阪の鬼太郎

こと遠藤選手です。遠藤選手はペナルティーキックをコロコロとこ

ろがして決めることで私たちを驚かせています。ポイントはキーパ

ーが構えてその体重が乗る利き足の逆側に転がしていたのだそうで

す。その遠藤選手のコロコロペナルティーキックが最近は見れなく

なりました。前回の予選でのヨルダン戦、終盤に日本はペナルティ

ーキックのチャンスを得ました。キッカーは遠藤選手。試合は本当

に終盤だったので、遠藤選手がペナルティーキックを決めれば、こ

の試合で勝ち点1を獲得でき、次のオーストラリア戦を待たずにワ

ールドカップの出場が決まったのです。遠藤選手は自信を持って蹴

りました。見事なキックでした。今回はコロコロのキックではなく、

力いっぱい蹴ったのです。ゴールの右隅に。しかし、相手ゴールキ

ーパーはさらに見事に、遠藤選手のキックの方向を読み当て、右に

大きく翔んだのです。遠藤選手が放った見事なキックのボールは、

相手ゴールキーパーにブロックされました。日本はそのヨルダン戦

で最終予選発の黒星を喫し、ワールドカップ出場は今回のオースト

ラリア戦に持ち越されたのです。オーストラリアのゴールキーパー

は先のヨルダン戦を十分に知っていたのでは、と私は思いました。

十分に知っていたから右に翔んだのではないか、と。

日本がワールドカップ出場をかけたヨルダン戦とオーストラリア戦

の二つともその流れが本当に似ていたのです。日本は好機を持つも

決められず、攻めあぐねる。後半の中盤あたりに相手に先制点を奪

われ、後半の終盤にペナルティーキックのチャンスを獲る。二人の

ゴールキーパーはともに右に大きく翔ぶ。ヨルダン戦ではキーパー

に阻まれ失敗し、オーストラリア戦では成功した。このオーストラ

リア戦での成功は勿論無我夢中に蹴った本田選手の見事さもあるけ

れど、心理戦において遠藤選手のキックが十分に効いていたのでは

ないか、私はそう思わずにいられなかったのです。悪い流れを断ち

切る力を日本代表は持ち得ている。サッカー日本代表男子のワール

ドカップブラジル大会での活躍を期待するばかりです。
posted by P.S.コンサルティング at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月02日

黒に白い

 確か人間で言えば、まだ小学生ぐらいに相当するのではないのかと思う。わんぱ

く、やんちゃ盛の白いライオンが長老のヒヒやシマウマ、サイ、象、キリン、等を

従えて、平和な世界を創る。世界といっても動物の中での平穏な暮らしを取り戻す

話だ。厄介者として出てくるハイエナやジャッカル、そして群れを横取りしようと

する流れ者のライオンなど。白いライオンのレオは小さいながらも様々な問題を解

決して平穏な暮らしをアフリカの大地に取り戻すのである。

 アフリカはその昔、暗黒の大陸と呼ばれた時代があった。ヨーロッパの探検家がア

フリカの大地を探検しようにも、大陸と呼ばれながら大河が少なく(ナイル河ぐらいか)

川を遡ろうにも滝が多い大地で、それ以上進めない。ジャングルには得体の知れない

獣がおびただしく生息して、人々の恐怖を駆る。そして何よりも当時のヨーロッパ人

にとっての未知の風土病が探検家を追い返したのである。探検には不向きな大陸と

アフリカは考えられていたらしい。一方南極や南北のアメリカ大陸は探検家には過

酷な気象条件と甘えを許さない大地ではあったが、南極は進むことができたし、

アマゾン河は長距離に及んで遡ることができた。

 このアフリカ大陸が全世界、グローバルの世界で脚光を浴びている。昨日の土曜

日、横浜で21ものアフリカの国々の首脳を集めて会議が行われた。日本から時の

人である阿部総理大臣が出席し、アフリカの諸国との関係強化の約束をうたった。

そもそも日本にわざわざ21カ国のアフリカの国々の首脳を呼び寄せた。これだけを

見れば非効率極まりない。日本の首脳陣がアフリカに赴いたほうが各国首脳の移動

距離のノベを比べたら圧倒的に少なくなるだろう。素人目でも分かることだが、こ

れほどの非効率を差し引いてもアフリカの諸国に日本の繁栄をデモンストレーショ

ンしたかったのだろう。横浜という海外に開かれた窓口はきっと十分に日本の栄華

をアフリカの人々の脳裏に記憶されただろう。

 暗黒大陸の白いライオンも今の日本を見ればその有り様に言葉を失ったに違いな

い。まあ、白いライオンの生みの親も繁栄を築き上げた日本人のひとりであるから、

白いライオンは十分に日本の姿を想像したに違いない。アフリカは暗黒からスポッ

トライトに溢れる桧舞台に出ようとしている。
posted by P.S.コンサルティング at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月29日

太陽の音楽

太陽と南の風。眩しいくらいの明るい太陽と、心地よく行動を促す南の風。

この二つから連想されるのは海辺、海岸、夏だ。日本の夏のビーチはどこで

も南の風が吹き男女の関係を促す。また夏をテーマにした歌の多くが恋愛の

歌である。(夏のエンターテイメントと言えばロックバンドのTUBEだ。

少しオジサンか。サザンも今となってはおじさんの部類だろう)松田聖子が

歌ったのは‘私の恋は南の風に乗って走る’だ。松田聖子の登場は芸能界に

とっての一つのエポックだったに違いない。

 以前にも書いたと思うが、私が大学を出て初めて就職した会社は東京の四

谷三丁目にあった。友達に言えば東京の真ん中で良いところにあるなあ、と

言っていたが、ロケーションとしては新宿と皇居を結んだその中間あたりに

ある。CM制作の仕事は芸能界の端っこと位置づけられることもあり、深夜

タクシーで帰ることが半ば当たり前だ。その日、仕事が終了しての深夜の帰

り、私は先輩とあるビルの前に行った。そのビルは‘太陽の音楽’の事務所

が入るビルである。ペンキか何かがが流された跡が誰にもわかる。それは血

糊のあとだ。‘太陽の音楽’事務所、サンミュージックが入るビルの玄関前。

血糊を流したのは岡田有希子。ビルの屋上から身を投げた。まだ20歳頃だ

ったと思う。若くとても可愛いその事務所の売れっ子アイドルだった。

 その事務所の社長は当時のアイドルを次々と輩出出した。スタートは千

葉県知事の森田健作さんだそうだ。私は知らなかったが。森田健作さんは

‘俺は男だ’という学園モノで人気が爆発し、剣道着姿で海岸を夕日に向

かって走り、涙にはさらば、と歌って人気俳優となった。その後、桜田淳

子、そして松田聖子、岡田有希子、酒井法子を育て、芸能界の一大勢力と

なったのだ。今はジャニーズが大人気だが、このジャニーズ人気の前のア

イドルブームを作ったのがサンミュージック会長の相沢秀禎だ。この会長

が亡くなり葬儀が行われた。見方によれば葬儀そのものより、統一教会で

騒ぎを巻き起こし17年ぶりに姿を現せた桜田淳子や薬物でこれも世間を大

騒ぎさせた酒井法子に注目はいったように思える。これら多数のアイドル

を葬儀で集まらせた相沢氏は我々が思う以上のエンターテイメントを世間

にもたらしたのだろう。

今は少し太陽の音楽の輝きも乏しくなっているような感じだが、氏が天に

召された星の輝きはきっと太陽の輝きにも負けないくらいの明るさを持っ

ているに違いない。私個人的には氏にとても感謝をするものである。(森

田健作のドラマに感動し、桜田淳子の歌に聞き入り、松田聖子の歌に切

なくまた心ときめきを感じたから)合掌。
posted by P.S.コンサルティング at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月28日

今年の梅雨

事務所から空を見上げて、どんよりとした雲が広がっている。雨も

ポツリポツリと。鬱陶しい天気。それもそのはず、今日近畿地方で

梅雨入り宣言がなされた。例年より早い雨の季節の到来だ。今年の

梅雨時期はアベノミクス効果もあり、世間・人々の気分もいくらか

は和らいだ雰囲気ではないだろうか。株価は安倍政権の影響で急激

に上がり、その急激さが今は裏返しの影響となっている。乱高下と

も呼べるような株価の変化だ。実態が伴わない脆さが出ているらし

い。実態を補うようにアベノミクス第3の矢、成長戦略があちらこ

ちらで議論されている。アベノミクスでは3本目以降の矢も指摘され

ているが、矢としての一番の難しさはこの3本目の成長戦略ではない

のだろうか?第4の矢、第5の矢もコメントされているが、どちらも

統一された内容・定義はないように思える。4本、5本と続いて一体

何本続くのだろうか?続けば続くほどに各論に成り下がり、既得権

へ誘導されていくように思えてならない。

 今年の梅雨は長引くのだろうか?これだけ早い梅雨入りなのだか

ら、早くに梅雨が明けて欲しいと思うのは私だけではないだろう。

約1ヶ月の梅雨の期間とするなら5月末から6月末で梅雨が終わり、

7月には夏に突入するというのはどうだろうか?弁護士政治家のお

かげで、曖昧にされている歴史認識についても夏の青空のようにス

カっと行けば良いのだろうけれど。けどこれは中々難しいだろう。

どう見ても現在は世界各國に対する中韓の根回し、外交、ロビー活

動により、ニュースとなって聞こえてくるのは、日本には刺激的な

ことばかりである。中国による尖閣の日本窃盗論、沖縄の自主独立

の中国のリーディング、韓国の女性問題。日本にとっては曇り空の

憂鬱な問題が、青空であっても憂鬱さが重く垂れこめるに違いない

のではないか?

 湿気が高まると除湿をしたくなる。この除湿が相当の電気を食う

らしい。電力における原発問題もまた重なってくる。参院選後は消

費税の問題もある。悩ましく鬱々とした季節が梅雨空とともに続く。

posted by P.S.コンサルティング at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年05月24日

ライフサイクル

商品にはプロダクトライフサイクルというものがある。これはすべてのも

のに寿命があるという考えがベースになっている。黎明期、成長期、成熟期、

衰退期と4つに分かれる。寿命に捉えると、生まれての赤ちゃんから幼児まで

の0歳〜10歳、それから青年期の10代から20代、そして社会人としてバリバリ

働く30代から60歳、最後に老年期ということか。(今では分類が代わっていた

り、言葉が代わっていたりする)寿命といえば、人の命から文明の命まで、あ

りとあらゆるものがその対象となる。

 登場はセンセーショナルだった。テレビ出演に抜擢された異例の弁護士が、

政治家の道を辿ることになった。当初は自分が育った地域の停滞に対する憤り

が原動力だったのだろう。その地域は私が生まれ、現在家族と共に住む地域だ。

出馬しないと公言し、うまくカモフラージュを施しながら彼は政治の表舞台に

躍り出た。政治においては、力を持つ者に対する僻み、やっかみ、嫉みなど醜

悪なものが、これほどまでか、と思えるぐらいに出てくる世界である。(私は

学生時代、政治学科に所属していたのだが、理想と現実はこれほどまでに乖

離するものか、驚いたものだ)次々と出てくる抵抗勢力、難的をなぎ倒し、彼は

いま、大阪市のトップにいる。そして大阪は大きな改革を実践できている。

 彼の政治家としてのあり方が微妙となっている。その極め付きが従軍慰安婦

問題である。なぜ今になってこの問題が出てくるのか、と不思議で仕方がない

が、現在東アジアの情勢が危うい状況であるのは誰もが認めるところだ。中国、

韓国との領土問題が売れ動いているからである。彼の言葉の問題は「慰安婦制

度が戦時中は必要である」と公言したところだ。私が思うに、彼の言動はどこ

をとっても間違ってはいない。なのに、どうしてこれまでに沸騰するのか、と。

慰安婦制度は公娼制度を含んでいる。公娼制度の慰安婦制度には多くの人が

疑問を挟まないだろうが、問題は意に反して慰安婦となった人が現実にいるとい

うことだ。(しかし、このことを否定している人さえもがこの世にいる)これ

を彼は公言してしまったところが問題なのだ。稚拙といえば稚拙だ。大阪には

現在も以前のような赤線・青線のような地域がある。これは当然の如く法律に

違反している事実だろう。しかし、誰もこの点を問題にしてはいない。いや、

問題だと思っているが、誰も公言しない。公言しないことでバランスをとって

いる。逆に言えば、バランスを取らざるをえないのが人の世界なのだろう。

 私はこの問題で氏の政治家のライフサイクルが終盤を迎えることに危惧を覚

える。彼は現在の大阪、また日本に必要な政治家だと私は思っている。彼の政

治家としてのライフサイクルがまだまだ成長期であることを願わずにおれない。
posted by P.S.コンサルティング at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年02月02日

資産家

先日テレビの番組で病的に豊満な女性が身につけているものが10億を超えて

いた。CMで‘かのうなの’とコメントしている女性だ。高額の殆どがアク

セサリーなのだが、10億を身にまとっているとは、驚きというか実感が私に

はなかった。この女性はどうしてこれだけの資産を手に入れたのだろうか。

大きなお世話だけど、そんな記事があったならぜひ向学のために読んでみた

いなあ。

 資産家と呼ばれていた夫婦が殺害された。夫は50歳過ぎ。妻は50歳手前。

子供がいたかどうかは知らない。仕事は資産運用を行っていたそうだ。リヒ

テンシュタイン(切手で有名な国)に本社のある会社でスイスに住み、日本

では東京に二つ、千葉に一つのマンションを持っていたという。資産運用は

債権に投資したり株式に投資したりする。金額も多額なのでプラスになった

時は、それは大きな利益を生む。しかしマイナスになった時の損失額も多大

なものだ。夫は資産運用を失敗した恨みを買って殺されたような報道をなさ

れている。恐らくこれはそのとおりだろう。ある人によれば地方の証券マン

だった夫が国際部に配属され、人脈を広げ、外資の資産運用会社に転職し資

産運用を任され、それで成功を収めた、という。しかし、夫妻は殺害された。

夫は私の年齢に達していない。資産運用で成功をすれば多額の報酬が約束さ

れる。であれば失敗すれば埋め合わせするのが理屈である。しかし、法律で

はこの埋め合わせは禁じられている。私は広告の仕事をしていたし、今はコ

ンサルの仕事をしている。広告の仕事では成功報酬はありえないし、コンサ

ルの仕事も基本はありえない。会社発展や売上拡大のお手伝いはするが、そ

れが確実に実現するとは誰にもわからない。成功報酬で多額の金額を得てい

たのなら、損失を出した時は補填をするのは先ほど言ったようにそれは筋だ

ろう。しかし、法律では認められていない。しかしかれは補填をした。補填した

のは自分の命だった。同時に多額の報酬で豊かな生活を楽しんでいた妻

の命だった。子供がいたかどうかは、私はわからないが、子供がいなければ

それが唯一の幸いだったと言えるだろう。

 人に恨まれる資産家は危うい。庶民の資産家に対する僻みややっかみも厄介

なことである。‘かのうなの’の女性はゴージャスと言われているけれど、ど

こか滑稽だからこれはこれで良いか。
posted by P.S.コンサルティング at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月31日

サンフレッチェ

 3人の兄弟の矢から国を立て直す矢へ。安倍首相の所信表明演説が

行われ、いよいよ本格的に政策が動き出した。金融緩和政策、財政

政策、成長戦略。1本目と2本目の矢は賛否を別にして恣意的に発動

できるものだ。金融緩和は日銀の独立性との綱引きがあるけれど、

大凡日銀の総裁が了承した。了承したとはいうものの緩和政策の時

間軸が明示されていない。この点に限って言えば、100年後の実施

でも構わない、という官僚文法が入る余地を残している。これだけ

経済が冷え切っている現状を考えれば、国民感情に沿って政策を実

施しなくてはいけない状況である。官僚文法の効果も今回はきっと

薄くなるだろう。日銀の独立は戦時における戦費調達の反省から生

まれたものである。(これは教育委員会が行政から独立している文

脈と同じである)この独立を少し緩和して譲歩したというのが正し

いところだろう。なにせ日本経済は下落の一途を辿っていたからで

ある。

 財政政策もほぼ全容が現れた。予算が約90兆円。ほぼ半分が税収

で半分が国債発行である。これでまた国の借金は増えることになる。

この借金をどうするのか、ということになるが、まあいずれは借金

を消すことになるのか、ずっと手付かずにするか、ということだろ

う。幸いにも日本国債の買い手はほぼ国内である。これが逆だと国

債に対する義務をきっちりと果たさなければいけないのだろうけれ

ど、国内で処理できる限りはのりしろがまだまだ十分にある。官僚

文法と政治家文法がコラボすればきっとシナジーも発揮することだ

ろう。公共事業も大きな話題となっている。高度成長に時代に作ら

れたインフラが老朽化しているというものだ。きっとそれは間違い

ないだろう。これは直ちに修復して欲しいと思うのは私だけではな

いだろう。この財政政策で明らかにわかっていることがある。借金

は未来の世代が負うということだ。感情論に流されても仕方ないが、

未来が現在の連続だとするなら、現在を何とかするしかない。

次に成長戦略である。これは投資と言ってもいいだろう。これが一

番の不確実で不確定要素である。芽はある。これはあくまでも可能

性で、これが成長して大きな事業となるかは上の二つ以上にリスク

がある。とはいうものの、現在は皆が今までに体験したことがない

ほどのスピードで変化をしている。今ある成功にあぐらをかいてい

ればたちまちに足元を救われる。だから常にリスクを犯してでも投

資が必要だ。

少しずつ明るく。少しずつ自信を回復して。次代に引き継ぐ。
posted by P.S.コンサルティング at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月25日

53回

 毎年に必ず一度は来る。今年は思いのほか寒い日です。

 午前中にアルジェリアの武装勢力に殺害された日本人の

方々が羽田に戻って来ました。

 日本の首相の声も届かず、アルジェリアの首相は武装勢

力に対して強硬姿勢で望み、攻撃をかけたのでした。ニュ

ースによるとアルジェリアには資源開発のために、日本の

ほかの国の進出もあったようですが、その国の声も届かな

かったようです。現在の資源開発はどんどんと未開拓の地

域に行きます。先進国の資源地帯の殆どが開発されている

らしく、いまでは北極や南極、砂漠、海底の資源争奪が始

まっています。北極点の海底地点はどこの国のものなのか、

も争いの一つだと言われています。資源のない日本なので、

その国に代わって資源開発を行い、その国の資源採掘、資源

使用に対してアドバンテージを持つ。これは日本の国にとっ

ては欠かせないことです。日本という国の限界かもしれませ

ん。

 朝起きて、飛行機から降りてくる彼らの遺体をテレビの

画面に見ている最中に、家事をしていた妻から「お誕生日

おめでとうございます」と声をかけられました。妻はテレ

ビの画面が何を映しているのか意識がなかったようです。

資源開発の仕事に生死をかけて、働いた結果の残念な姿を

見ていた私は妻の言葉がどこか風のように軽さに感じまし

た。妻には申し訳なく思いましたが。53回目の年は父が死

んだ年でもあります。

自分は53回目の誕生日を迎えられている。テレビの画面を

見ながら、誰に対してでもなくありがたいと感じる朝でした。
 
posted by P.S.コンサルティング at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月23日

思い出のセンセイ

学生時代の担任の先生というのはクラブの顧問の先生や修学旅行

のバスガイドさんよりも強烈に印象に残るものである。担任の先生

は学生時代を通して何人いるのだろうか?もちろん人によると思う

が、私は12人の担任がいた。幼稚園では綺麗なU先生。小学校に入

れば1年生・2年生と一人ずつ。3・4年、5・6年は持ち上がりで

一人ずつ。中学生・高校生は毎年担任が変わり、大学の時は1年の

時に一人。総計12人。一番思い出に残っている先生はやはり受験

の時にお世話になった、中学3年と高校3年の担任の先生か。担任

の先生いかんによって生徒は人生を大きく左右されることは間違い

がない。担任の先生が好きだったので、担任の科目が好きになって、

それが自分の仕事に結びついているとか、またその逆のケースもあ

る。卒業後、何十年も経て同窓会を行った時に担任の先生が呼ばれ

るかどうかが、担任の先生の人気のバロメーターにもなる。それほ

どに担任の先生は生徒の人生に大きく影響を与える。例えば、例え

ばだが、受験を生徒を受け持った担任が2月に自分から退職をする、

と言い出したら生徒はどんな思いをするのだろうか?2月はまだ受験

が終わっていない。受験シーズン真っ盛りである。

 各行政が発表したセンセイの退職金減額の決定が波紋を読んでいる。

決定の効果は3月1日に施行なので、センセイは減額措置が取られ

る前日の2月末日に退職をするというわけだ。退職金を減らされる

前に退職をするというわけで、これだけをみれば労働者の権利なの

で悪いというわけではない。しかし、一般の労働者と違うのは学校

の先生、それも担任を抱えている先生も含まれているというところ

だ。生徒よりお金。センセイも自分の生活があるから仕様がないの

かもしれない。しかし、2月に担任がいなくなった受験生達はどんな

気持ちだろうか・・・。3月1日から施行される決定を行った行政

も不見識だ。このようになることは予想できただろう。予想できな

かったというのなら、世間がわかっていないといわれも仕方がない。

世間をわからない人たちがどうして行政をおこなえるのだろう?セ

ンセイも変わったと言われても仕方がない。露骨に生徒よりお金だ。

2月にクラスの担任を放棄して退職した先生の生徒たちに提言がある。

これから数十年後自分たちより退職金を優先した先生を同窓会に呼ん

で、ぜひご馳走してあげよう。そして延々と思い出話に花を咲かせよ

うではないか?

目先だけの行政の決定、乾びた先生の判断。被害を受けるのは子供

達である。
posted by P.S.コンサルティング at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月17日

受験の可能性

 日本では受験(入社試験を除く)をする数が人によって違う。幼

稚舎から大学まであるようなところはまあ、幼稚園に入る時が唯一

の受験になる。公立の幼稚園、小学校、高校にルートを進むと受験

は高校入学と大学入学の2回だ。受験をするのが良いのか、しない

ほうが良いのかの判断は、人によると思うが、受ける方からすれば

少ないに越したことはない。また高校受験と大学受験ではその意味

合いが全く違ってくる。社会に出れば、学歴として大学名を出すこ

とが多いから、大学受験はまあ社会生活に関わるほどのものだ。で

は、高校受験があまり意味がないかというと、もちろんそうではな

い。今では大分と少なくなってきたが、高校受験を選ばない人々は

働きに出てしまうので、高校受験を迎える人にとって初めての人生

の選択があるというわけだ。また高校受験は5校も6校も受けるこ

とはできない。日本の制度がそのようになっているのではないかと

思う。だから高校受験は本当に的を絞った試験となる。

 大阪の橋本市長が体罰で自殺生徒をだした高校の受験を中止する

と発言した。この事件に関して、橋本氏は誠実で実直で正直なとこ

ろがあまりに出たためか、コメントを変更している。元プロ野球の

桑田選手がスポーツ選手に対する体罰否定をマスコミのインタビュ

ーで答えた。それに対して一転、桑田氏のコメントを支持するよう

になった。違和感の覚える桑田発言である。コメント変更に加えて、

入試の中止を発表した、というわけだ。私は橋本氏の行動・言動に

どちらかというと賛成している。地盤沈下の大阪を復活させる気概

が伝わってくるからだ。しかし、この入学試験中止には賛成できな

い。体罰で自殺者をだす校風(学校風土)がある。その校風を是正

しない限り入学を認めないとは・・・。校風に蓋をしてきたのは現

場の大人たちである。この学校の入学を希望する子供たちには関係

がない。それに、これは校風なのだろうか?校風なんていうのは変

えようと思えば短時間で変わる。それを受け付けなかった大人たち

がいたからだ。昭和20年8月16日を思い起こせば良い。青い目

の日産自動車を見れば良い。変えようとすればすぐに変わるのだ。

それをしない大人が悪いのだ。重ねていうが、子供たちには責任は

ない。入試は実施すべきだと私は思っている。
posted by P.S.コンサルティング at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月16日

思い出の渚

 思い出の渚が湘南の海であることがわかったのは大学生の頃だったろうか?

名曲を送り出したグループは加山雄三とコラボすることが多く、バックに見える

渚はいつも若者を魅了する場所だった。東京の大学生だった頃、この海に憧れ

て数回いったけれど、やはり私は田舎者であか抜けない学生で、憧れは常に

持っていたが、近視の影響もあり、なじめかった。実を言うとその渚に一緒に

遊びに行く女友達がいなかっただけなのだが。そんなあか抜けない学生の

思い出にあるもう一つの渚がある。新宿の映画館だったと思う。エンディング

のクレジットを見ながら、私は立ち上がれなかった。これほどまでに条理と不

条理を描き出しその映画に腰を抜かしてしまった。腰を抜かしたまま、私は2

度目のフイルムを見始めたのだ。その邦画を見ようと思ったのは当時、学生

の必須の情報誌‘ぴあ’で映画批評を読んだからだ。当時の映画は少し値段

が高く、これだけのお金を払うのなら、見るのは洋画でしか元がとれないと思っ

ていたからだ。多くの映画好きは同じように思っていたと思う。それほど邦画は

価値を感じなかった。邦画は戦争映画で、お笑いタレントと音楽家を俳優に登

用した話題作だった。

「戦場のメリークリスマス」。

それまでの邦画の戦争映画は勇壮なもの、兵士を尊ぶもの、国を誇るものが殆

んどであった。しかしこの映画は違った。日本人・日本軍がもつ精神性、過剰な

精神性からくる数多の不条理を見事に西洋の理性・啓蒙と対比して描き出し

たのだ。不条理を貫き通し実行した末に、死刑に向かう兵士のその清々しい表

情。ビートたけしが好演している。これほどまでの自我を破壊させる日本軍は何だ

ったんだろうと考えさせる。また不条理を非公式の規範として軍に徹底させる坂

本龍一のその美しさ。こんなものみたことがない、映画がそこにあったのだ。監督

は大島渚。でかい声のうるさく大きな体の男である。朝まで生テレビにも出演した

論客である。相手を一括する‘バカヤロー’の声が今も耳に残っている。倒れてか

らはテレビの画面からは大凡姿を消したが、それでも映画の撮影を行っていたと

いう。18年の闘病生活を経て、鬼籍に入った。「戦場のメリークリスマス」は私の

おすすめ映画のベスト10に入る作品である。今も鮮明に記憶に残っている思い出

の大島渚。ご冥福を祈ります。
posted by P.S.コンサルティング at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月13日

キンタロー。

 最後の最後まで嘘をつき通して、引退した人の番組がまだ高視聴率を稼い

でいる。人気の高いお笑い芸人であったが、私は好きでも、嫌いでもない。た

だ生理的に受け付けなかっただけだ。だからその番組を私は見ることはなかっ

た。でも高視聴率であtった。日曜日の夜九時ゴールデンタイム中のゴールデン

タイムである。その時間はたまたまNHKスペシャルをみることが多い。あとは映

画。NHKスペシャルは深海の大イカの話で興味はなかった。映画はすでに見た

映画だったので、たまたま見ていなかった高視聴率番組をみることになった。

内容は今年売りだす新人芸人の質問に辛口芸能人が答えるというもの。司会

は私が是非頑張ってほしいと思っている東野幸治。13歳から61歳までの新人

タレントが今年に売りだす。そのなかのキンタロー。嬢。31才の女性。20代は

社交ダンスの講師をしていて、一念発起してのお笑いタレントに。そのネタが

AKB48の前田敦子のモノマネ。その姿も失礼だがお笑いにピッタシ。彼女の

芸のテンポ、体のリズム感、話し方。それらすべてが既に突きぬけている。

数年前に流行ったグウーッと叫んでいた女性がいたが、彼女の芸に多くの人が

楽しんでいたが私にとっては笑えるものではなかった。突きぬけ感があったけ

れど、どこか悲痛なニュアンスが漂っていた。彼女自身が楽しんでいる風には

決して見えなったのである。グーッの彼女は美人であった。それに比べてのキ

ンタロー。女性なのにこの芸名も興味を惹くことながら、芸自体を彼女自信が楽

しんでいるように見えるのだ。突きぬけ感のその先が青空で虹がかかっている

ようである。実際に失礼ながら顔が大きく、子どものような体の上に置かれてあ

る。そのアンバランスも楽しくてとてもよい感じである。視聴率は稼いでいたが、

他人をたたきのめす笑いではなく、自分自身が楽しく、突きぬけていてお客

も笑わせるキンタロー。嬢。ぜひ人気がでてほしいものである。ただ、モノマ

ネが一芸だけでは息がもしかしたら短いかもしれない。是非売れて長く続けて

ほしい新芸人だ。

posted by P.S.コンサルティング at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月11日

年明け1週間

今日は11日の金曜日。あすから3連休。今年の年明けは暦の関係もあって、1月

6日までの長い正月休みがあった人も多いはず。6日まで目一杯休んで、7日から

普段の生活がスタート。皆さん、これが結構しんどかったのではないのですが。

私が勝手に思うのはやはり、正月明けは4日が挨拶で少し出社して、5日にご挨

拶回りを初めて、2日ぐらいの挨拶回りをしてそして土曜日がいいような・・・。

正月明けのお酒漬けの体には突然に月曜日から金曜日までのフル稼働は厳しく、

助走として2・3日体を動かして、休みをいれてフル稼働がいいような感じが

する。今年は仕事の関係で私は4日の午後出社して、5日にお客さんの所へ打

ち合わせにいったので、軽く助走はできたので、体のリズムとしては良かった。

 まあ寒い。温暖化の心配はどこへ行ったのだろう。この寒さを天気予報氏は

いつも解説してくれるけれど、寒い理由がわかったって、寒さが緩むワケじゃ

ない。夏は暑く、冬は寒いのが良いというけれど、その振り幅はやはり大人し

めにして欲しいと思うわけ。年明けとともに安倍政権のおかげで景気はなんと

なく光明が見え出したような感じがするけれど。これが安倍総理の本の数日間

の出来事を考えてみれば、本当に民主党政権は何をどうしていたのだろうか、

と毒づいてみたくなる。これが借金を大きく増やす原因だという言い方もある

けれど。きっとそれは間違っていないのかもしれない。しかし、人々の顔はや

はり明るいほうが良い。民主党政権期で人の顔が明るくなったことがあるだろ

うか?民主党チルドレンの顔だけは明るかったけれど、彼女らの顔が明るかっ

た分、返って、彼ら・彼女らの行方の寂しさの影が濃い。民主党は国民が期待

したことのいくらが実現できたのだろう?実現した政策もあるのだろうけれど、

人々の顔を明るくするまでのことはなかった。

 3連休はまた寒波がやってくるそうだ。年齢のせいか、ズボン下のタイツが離

せないでいる。ロングコートを常に使用するわけではないので、このタイツはと

ても重宝している。昔はパッチと言っていて、らくだののものが流行ったが、今

は黒のスポーツタイプのタイツをはいていて、これはとてもスマートである。こ

の休みもタイツは手放せない。この一週間で酒漬けの気分も体調も吹っ切れたよ

うだ。連休明けは、松の内も終わり、誰もが正月気分を落としているだろう。
posted by P.S.コンサルティング at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月10日

体罰

小学生2年の担任の先生(45年も前になるな)だったと思うが、とても美人

の先生だった。美人なのに先生の笑顔の記憶がない。私の思い出の先生の顔

はいつもきりっとしている。世間一般ではまだまだ女性の社会進出が少ない

頃だったのに、学校の先生は何故か女性の先生も多かったように思える。キ

リッとした美人先生の得意技が、我々児童を先生の表情と同じように緊張さ

せた。先生の得意技はサンドイッチビンタ。ビンタといえば大晦日のダウン

タウンの「ガキの使いやあらへんで」でプロレスラーの蝶野に山崎邦正が打た

れるものである。あれは強いて言うなら片手ビンタ。蝶野選手の右手の平手

が山崎邦正の左頬を思い切り打つ。ビンタでいうなら頬で止めるのが痛いか、

打ち抜くのが痛いのか、いつも疑問に残るところだ。まあ、蝶野選手のビン

タならどちらとも比べる程もなく痛いだろう。ビンタを受けた山崎邦正の歪

んだ顔をみればその痛さが伝わってくる。

 担任の美人先生のビンタは、両手で相手の両頬を触る。その時の先生の手

の冷たさが思い出される。頬から手が離れると我々は目をつぶるだけ。ピシ

ッと音がして、両頬は先生の手形を残して赤くなる。先生はにこりともしな

い。そして我々は反省する。

 大阪の高校のバスケット部キャプテンが顧問の先生の体罰を苦にして自ら

命を絶った。17歳である。この高校は強豪で、大阪府では名を馳せるほどの

強いバスケットだという。私は現在大阪に住んでいて、大阪の高校も出たこ

の高校の名前は知っている。スポーツ部はバスケット部に限らず、強い部が

多い。顧問の体罰は多くの生徒や先生には知れていた。

少し前にこの顧問が体罰をしていると通報があり、校長が調査をしたところ

15分の調査で、体罰はなかった、と判断したという。お手盛りと言われても

仕方ない。

 なぜこのキャプテンは自殺するより、バスケット部をやめるという手段を

選ばなかったのだろうか。これが残念でならない。ご両親も悲痛の極みだろ

う。これからの人生である。人生の山道をまだ3合目ほどしか進んでいないの

だ。若者特有の正義感や猪突さが彼にはもしかすれば強かったのかもしれない。

もっともっと広い見聞があれば、別の道を選んでいたのにと思わずにはいら

れない。

 サンドイッチビンタで頬にのこる美人先生の手形は10分もすれば消える。

そして我々は2度と美人先生のサンドイッチビンタを受けないように行動を

改める。体罰は反省を促すほどのものが限度である。苦痛として悩ますほど

のものであってはならない。ちなみに私は親として子供たちに体罰を行った

かというと、行った。体罰はげんこつをつくり、頭のてっぺんに一回思いっ

きり振り下ろすだけである。あとは忘れる。体罰は記憶にはしっかりと残し

ながら、すぐに忘れさせるものでなければいけない。

 顧問の先生にはこれから社会の処罰が待っているだろう。きっと体罰より

もずっとずっと厳しいものであるが、自殺をさせるものではない。この点が

私には澱が残ってしまうのである。
posted by P.S.コンサルティング at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月08日

北の京より

 現在、世界でもっとも注目されている街の一つである。ワシントン、モスクワ、

ロンドン、そして北京。世界の真ん中にあるという国はまさしくその立場を世界

の中央に迫ってきている。毎日のようにテレビの映像に流される天安門の広場は

劇的な変化を数年で起こしているそうだ。変わらないのは建国の父である肖像画

だけのようだ。

 我々が思う以上に北京は住みやすい。と、長男が白いご飯を口に運びながら

抑揚なく呟いた。我が家の長男が家で初めて中国の北京に行ってきた。円高の

影響もあるのだろうが、物価が安いらしい。街の様相もさすがに国随一の政治

都市だけあって治安がよい。長男は高校の時の同級生が北京に留学しているの

で、数日間その学生寮に同居人となってきた。外来者が学生寮に宿泊するのは

原則禁止らしい。関空を昼過ぎに飛び立った彼は、夕刻北京の国際空港に着き、

迎えに来てくれた友達と一緒に学生寮に向かった。昼間は学生寮は寮に入って

いる学生たちの知人や友人の来客が多いらしい。これは中国も日本も変わらな

い。そして来客たちはある程度の時間を過ごして帰って行くらしいのだ。息子

も外来の者が宿泊しているのが見つかると追い出されるらしい、と友達から聞

かされていた。「でも、まあ、それは原則だから」と友達は笑いながら話して

いたらしい。親の私も真冬のど真ん中の季節に、寮の部屋に外来者が宿泊され

ているのを寮の管理人に見つかり、追い出されたりしたらどうするのだろう、

と不安に思ったりしたが・・。

何せ私のイメージでは共産国は原則の国である。この原則がまかり通るから不

正がやまない。まさか、寮の管理人に袖の下を渡したりしないだろうとは思っ

たけれども。まさか貧乏旅行をする学生から賄賂を強制したりしまい。友達も笑

いながら話していた通り、我が息子は原則外来者の宿泊が禁止の寮で4日間も泊

まりとおしたわけである。

 現在の北京は至極安定しているらしい。現在の日本は北の京と政治に端を発

した微妙な関係を経済や文化の交流を通して何とか修復しようとする。今回の

日本の政権交代はとてもニュースになっているそうだ。安倍さんのあり方が

とても気になるのだろう。現在の日本は安倍さんのおかげで株価があがり、円

がやすくなり、景気の回復の導火線に火がつきそうである。日本の人々は景気

回復の導火線に火が着くのを待っているのだ。万が一も違わずに北の京との

政治対決の導火線には火がついてほしくない。

 息子は友達へのお土産にポン酢を持参した。友達がどうしてもポン酢が食

いたいと息子にリクエストしてきたのである。私にとってポン酢は冬の味で

ある。鍋にポン酢を使うのがたまらない。この寒い季節、これ以上の調味料

があるのかと思うほどだ。もっともっとポン酢が一般的になってこちらの国

の人々と同じように北の京の高級官僚もポン酢を使って鍋を食えば、政治の

問題の理解度も少しは違ってくると思うのだが・・・。ポン酢にはそれだけ

の力があると思うのは変だろうか?息子は無事に我が家に帰ってきたが、寮

にいる友達にはぜひ、中国の学生達と一緒にポン酢を食ってもらいたい

なと、少し強く思っているのだ。



posted by P.S.コンサルティング at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月07日

2013年 新年

 新年あけましておめでとうございます。今日は1月7日。暦の関係で今日が

今年の初出の人も多かったはず。さすがに大阪市内の幹線道路はご挨拶回りの

車にあふれて混雑していました。年末の行く年を惜しむ叙情的な気分は街には

なく、来る年のビジネスに備えたそんな雰囲気がご挨拶回りで混み合う交差点

に感じました。

 新年を迎えては初夢が気になるところです。正月版の日経にも掲載されて

いましたが、期待するべく夢々しい話と、来ては欲しくない世界の夢との両

方がありました。安倍さんのおかげで株価が上がり、円安になるのは日本経

済にとってはよいことですが、庶民の懐に届くまではまだまだあと1回か2回

の初夢を見ないといけないらしいです。

 我が家の正月は例年と同じく一族が本家に集まって法事を行い、新年の挨

拶を行います。私が幼い頃は父親の兄弟家族と父親の従兄弟達家族が集まり、

30名から40名が正月に顔を揃えていました。あまり部屋数がないので、どの

部屋に入っても4人から5人の子供や大人がいて、それは賑やかでした。親族

といっても一年ぶりだとか、中には何年ぶりだという同窓会的な様相もあり

ました。お酒も入って、さすがに正月は楽しい話が多く、親族がどれぐらい

いるのか、確認の場でもありました。時が進んで今年は母親もいれて9人の

お正月でした。私の母と家族5人、それと弟の家族3人。正月に集まる人の数

の変化に母は、寂しくもあり、ほっとした気分もあり。30人から40名あつま

る正月はご飯の支度もそれは大変だったようです。私は小さいながら見てい

たのですが、小さくて母親の苦労は分からずじまいでした。今になってその

時の大変さが想像できます。

 不況が少し退陣しそうなこの年明け。今年が良い年になりますよう、願い

を込めて。
posted by P.S.コンサルティング at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月22日

目のつけどころ

今年も夏が終わりそうだ。夏が終わりかけの時期に始まるのが、年末の同窓会・OB

会の準備。高校のクラブのOB会が毎年年末に開催されるその準備を行う。私は高

校を卒業して30数年になる。各年代の参加可能な人が出席して今年のOB会の運営

を話し合う。

 そこに初めて見る後輩がいた。歳は30すぎ。勤めは目の付け所がシャープな、シャ

ープに勤めているという。研究畑で入社した。彼が入社した頃はシャープが液晶で世

の中を席捲したいた頃だ。就職の際、日本を代表する経営の神様が起こした企業に内

定が決まっていたのだが、その当時の勢いでシャープに入社した。亀山モデルは世界

のスタンダードのような勢いだったし、更なる製造工場の建設で各自治体が誘致に大

きく名をあげて競った。結果私が住む堺市に建設が決まったのだが、決まった当たり

から雲行きが怪しくなった。いまでは堺工場を売却するという。シャープは経営戦略

が明白だった。「選択と集中」というビジネススクールで習う基本策を実行していた。

分野は液晶と太陽光電池。選択と集中は数多い事業分野を持っていたGE(ジェネラ

ルエレクトリック)が会社の再生を図るために事業分野で3位以下に位置している事

業を全て整理したことから始まっている。GEは事業分野で1位と2位の事業に特化し、

会社の再生を図った。一方、シャープは選択と集中が威力を発揮していたのはわずか

の期間だけだった。10年も続いたろうか。選択と集中に特化した分野を新興国の企業

が足元からすくってしまったのだ。シャープはひっくり返ったどころの騒ぎではなく

なってしまった。勿論ユーロ危機に端を発している円高という要因もある。しかし、

シャープは他に逃れられないほどに選択と集中を実行してきたのではなかったか。

 人員削減をシャープは急いでいる。早期の立て直しを図らないと泥沼は続き、深み

は益々増すばかりだからだ。後輩はきっとシャープを立て直す世代に名を連ねるだろ

う。目の付け所(差別化)で躍進してきた企業である。その目はまた魅力のある付け

所を探しだすに違いない。そう願っている。
posted by P.S.コンサルティング at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月03日

祭りの影

先日、夏祭りのことをここで書かせていただいた。夏に行われる祭りは、秋の祭

りと違って雄壮な響きがある。その土地独自の伝統というものでもあろうか?生

命力がみなぎる。神輿を曳く男たちは水をかぶりながら、また大汗を書きながら、

眩しい身の肌を出している。それが生きる力を打ち出しているようで眩しい感じ

がする。一方秋の祭りは、多くは収穫際である。春に蒔いた種が、夏を過ぎて、

無事に秋に実る。この実りのお影で人々は生きて行くことができる。その感謝

を祝うのである。

 オリンピックは祭りなのだろうか?祭典とは言われている。祭典と祭りはど

こがちがうのだろうか?祭りは日常の生活の中にある非日常ではないか、と思

う。祭りが終われば人々は普段の生活に戻る。オリンピック選手はオリンピッ

クの祭りが終われば日常の生活に戻れるのだろうか?いささか、この祭りは宝

くじのような要素をどこかに帯びているのではないか、と思う。期待されてそ

れが上手くいかなかった選手は普通の生活に戻れるのだろうか?国によっては

金メダルを獲得できれば、その後の一生の生活が保証されている、と聞く。宝

くじも大金を手に入れる夢をみるのだが、この夢が実現した後にはその夢が悪

夢になる人も多くいるときく。オリンピックを夢の悪夢と思える人もゼロでは

ないだろう。その時にどのように対応していくのか、がその人のその後の人生

となる。

 バトミントンの選手の実力選手の多くが失格になった。IOC委員会は今回

からバトミントンに1次リーグ戦方式を取り入れた。一次リーグ戦方式はサッカ

ーに見られる。サッカーはチーム戦であり、バトミントンは個人戦(シングル

戦とダブルス戦)である。一次リーグの成績如何で決勝トーナメントの相手が

きまる。バトミントンの選手たちは、決勝トーナメントの対戦組み合わせを考

えて、わざと負けたらしい。このわざと負けたことが委員会の逆鱗に触れて失

格となったのである。私は思うのだが、彼女たちにとっては、負けることも戦

略ではないのか、ということだ。サッカーであれば、1次リーグ突破を決めた

チームはその後の試合で控え選手を大幅に出すこともある。勝利を放棄して経

験を優先させている。選手は金メダルを獲得するためにオリンピックに参加し

ているはずである。選手らは八百長をしていたわけではない。オリンピックの

影となったニュースである。私はどこか判然としない。金メダルを獲得するた

めの戦略が裏目にでた、ということかもしれない。

posted by P.S.コンサルティング at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月01日

夏祭り

今年はどうしたわけか、先週から岸和田の花火大会、天神祭、住吉祭りと祭りづい

ている。今日はPLの花火があり、富田林辺りは人と来るまで混みそうである。

 自分でも不思議なものだが、祭りに行ってみようという気分になっている。オリ

ンピック自体がスポーツの祭典ということで世界がお祭り気分に浸っている反動か

もしれない。選手たちにとっては祭りどころか、自分の人生をかけているぐらいな

ので、祭りという気分でないかもしれない。しかし、どこかたかが競技だというぐ

らいに突き放さないと、重圧に負けてしまうこともある。リラックスできる祭りで

あればよい。

 祭りの出店に出稼ぎの人をみかけることがある。東南アジア系の人だろうか。一

見すればちょっと違うかな、と思うぐらいだが、話すと違うと確認できる。日本の

伝統のお祭りを彩る出店にもグローバルな感じが出ているのだと変に納得したりす

る。フランクフルトを売っていたり、広島焼きを東南アジアの人が売っている。味

は勿論大味なので、変わっているわけではない。しかし、この人たちがうる値段が

他の日本人が売る店の値段より安く設定されている。出店のフランクフルトは通常

200円だが、150円。広島焼きは通常400円ぐらいなのが、300円。割安に感じる。

これも人件費の違いなのだろう。

 夏祭りの風景の違いはそんなもので、若い女の子の浴衣姿や、中学生や高校生の

男女のグループがよそよそしく歩いているのは昔も今も変わらない。夏祭りを舞台

にした小説や映画は昔も数多く作られ、勿論今も多く作られているはずだし、これ

からもきっと多く作られるだろう。この夏祭りが終わると夏の前半戦が終わり、お

盆を迎える中盤戦で、甲子園大会が終わると夏は背を向けだし、秋が忍び込んでく

るスペースを作る。

8月1日。今日も日本のどこかで夏祭りが催されているだろう。
posted by P.S.コンサルティング at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月31日

天に向かって

演技のフィニッシュで、彼の体は天に向かって伸びなかった。結果、着地は体が崩

れたような格好になった。着地後の彼の表情は固く、日本チームはメダルに届かな

い、と多くの人が思っただろう。内村航平選手のあん馬の演技である。その後、日

本チームの抗議により、判定が覆り、日本体操チームは銀メダルを獲得した。金メ

ダルは中国。予選では日本を下回る順位だったはずだが、決勝ではやはり中国が

強かった、という結果となった。

 夏の甲子園には魔物が潜んでいるというが、オリンピックもそうだろいわれる。

では世界選手権やワールドカップでは魔物が棲んでいないのか、と問いたくなる。

内村航平選手は世界選手権を3連覇している。それほどの実力の持ち主でもこのロ

ンドンオリンピックでは普段の力が出せないでいる。落下も一度ではない。先に書

いたあん馬でも納得のいかない演技である。何よりも顔が硬い。これだけでも彼の

今の状況が伺い知れるだろう。

 一方男子サッカーチームが快進撃をしている。世界最強と言われるスペインに番

狂わせの勝利を手にし、モロッコ戦でも勝利して、グループの首位通過の可能性が

高い。内村選手は魔物に遊ばれ、サッカーチームは魔物を恋人にしたのかもしれな

い。魔物の威力は夏の甲子園やオリンピックに強くでるのではないか、と私は感じ

ている。理由は世論や地元の期待が過剰にかかるからだ。この呪縛が昔から日本の

悪しき面だと言われてきた。この悪しき面は未だに変わらない。行き過ぎたマスコ

ミ報道がその背景にあるのは異論を待たない。それでていて、マスコミは自重する

のか、と言えば自重する理由がどこにも見当たらない。マスコミとはそういうもの

だから。戦争を煽っても、マスコミから戦犯がでたときいたことがあるだろうか?

自衛隊出身のマラソン選手は過剰な周囲の期待から逃れるために、自分の手で天

に出向いてしまった。

 内村選手で言えば、まだ個人総合や種目別が残っている。魔物を恋人にする機会

はまだ残っている。男子サッカーチームにしても魔物が恋人から変わってしまうと

いう機会も残している。どちらも気の抜けない残りの時間である。参加するどの選

手もが表彰台の真ん中にたち、一番に輝くメダルを胸にかけ、天に向かって満面の

笑がみつることになればよい、と願っている。

 
posted by P.S.コンサルティング at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記