2015年12月06日

新の始まり

 今年の年の最後の月に入った。残りの日数が秒読みに入った。この月は

世間では師走と呼ばれていて、師も忙しく走り回るという事らしい。忙し

く走り回る月が始まる少し前に弊社P.S.コンサルティングは引っ越しを

行った。引っ越し先は家から50メートルぐらい離れたところ。実際に新し

い事務所から息を止めて家まで走れ、と言われれば走れるくらいの距離で

ある。大阪市から堺市へ。家のある住んでいる町へ帰ってきたという方が

適切なのかもしれない。

 新しい事務所は3階建ての町工場後の2階。3階には40平米ぐらいの

スペースがある。この2階を改装して新しく事務所仕様とし、3階をイ

ベントスペース仕様?としてこれもきれいにした。この年齢になって新

しく建物の改装費を借り入れなんて、ある人には褒められるし、ある人

には感心されるし、ある人には激励されるし・・・自分でもこれからも

うひと踏ん張り、まだまだ仕事を頑張らないといけないな、と思うわけ。

 この事務所は実は私が中学1年から浪人まで過ごした建物。隣には70

坪の典型的な町工場の建物がある。その工場には昔は(40年ぐらい前)

10数人のおじさんが働いていた。2階は私たちの住居の居間と工場の事

務所、それに3階には4つの部屋ある私たちの住居であった。2階の事務

所兼居間を取り潰して広いスペースにし、3階の4つあった部屋をこぶち

抜いて2つの部屋にしたと言う次第。もともと実家の工場は私が生まれた

時には10年ぐらい経った会社で、その町工場を数年前に4代目社長が閉鎖

した。業歴はざっと40年強ぐらいか。私は生まれて、西の方角にある堺

旧市街の幼稚園に通い、北にある小学校と東に位置する中学校に通い、南

の坂の上の高校へ通って、上方で浪人生活を経て都の西北の大学に入るま

で、過ごした建物である。

 この場所で事務所を新しくして、新しい事業を起こそうとしている。

 思えば今までの私の人生、そんなに遠くへ行ったわけでもなく、故郷に

錦を飾るほどに活躍してきたわけでもない。自分なりに精いっぱい働いて

きて(まだまだ足りないかもしれないが)家庭を持ち、3人の子供も大過

なく過ごしている。

 生まれた場所に戻ってきて、これからはじまる『新さ』に原点を感じて

いるのは、やや感傷的すぎることかもしれない。
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2015年07月25日

坂の上の門

何だか題名だけをみれば「坂の上の雲」(司馬遼太郎)と「青春の門」

(五木寛之)を組み合わせたようなものだが、全く大それた意味はない。

ただ、坂を上ったところに学校があり、その門のことを述べている。

 私が通っていた高校の名前は隣接する三つの国を眺める丘というとこ

ろからきている。だから丘の上にあり、その丘に続く坂を3年間通った。

長男が通う大学は駅の改札を出たところから始まる坂をずっと上がった

ところにある。長女が通う大学は大学構内に山があるくらいの学校でキ

ャンパスを歩くとちょっとした山登りの感覚を味わえる。末っこの次男

の通う高校は山の斜面を切り開いたようは学校で、断崖絶壁に階段をつ

けたのではないかと思うぐらいの坂を上る。この坂を妻は次男と一緒に

暑い日盛りの下休憩を入れながら登っていった。因みに次男が通う高校

は長男の母校でもある。なので、長男は高校・大学の通学で相当に足腰

を鍛えられた。(ありがたい)

 楽しい夏休みだが、この夏休みに入る前にほとんどの学校では懇談会

がある。これが何とも言えない学生にとっては嫌〜なイベントである。

高校に入って、つま先から頭のてっぺんまで体全体の色が変わるのでは

ないかというぐらいに驚くのが、その学習のレベルの差である。幼児プ

ールで泳いでいたのが突然に公式競技用のプールで泳がされるのではな

いか、と思われるぐらいに格段という言葉では言い表せないぐらいにレ

ベルがあがる。なので、多くの生徒が勉強についていけない。恥ずかし

い話だが私も欠点バリバリ。夏休みや冬休み、春休みの日にち数ではない

のかと思うぐらいの数字の点数がいくつも。今でも当時の点数を思い返

すと赤面しそうな自分がいる。

 この懇談会に次男が向かった。結果は惨敗。新入幕が横綱に

挑むようなもの、中学生がイチローに臨むようなもの。中学生

と高校生のレベルの差に打ちひしがれたようであった。

 担任の先生に言われた叱咤の言葉に、何とか負けん気を奮い

立たせる若さがあったのが救いである。こちらは次男の肩を小

さくしてうつむきしょんぼりする姿を見て、笑いをこらえるの

に必死である。彼もこれから坂を上り始め、雲をつかむよう

な助走をし始める。同時に厚く重たく大きな門をたたき自分だ

けの扉を開いていく。

 こんな親の感傷めいた気分を一蹴し、二男は「待っていまし

た」とばかりに日本の三大祭の天神祭へと友達と一緒に出かけ

た。テストの点数は野球の打者の打率のようだが・・・

 夏休みはこれから本番へと入っていく。

雲は高く白く、門は厚く重く。次男の在り様はまだまだ私を楽

しませてくれそうだ。
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2015年07月19日

牡蠣のおいしさ

 独断で申し訳ないのだが、子供たちが好きな料理というのはカレーかハン

バーグ。それにエビフライ。さらにはオムライス。これらが定番というとこ

ろか。これらはお子様ランチをイメージして述べたものだが、55歳の私はま

だこれらのどれもが大好きだ。カレーの舌の上に乗るあじわい、ハンバーグ

の肉汁、エビフライの茶色の衣のなかの白い身、味付け自体が美味しいケチ

ャップ味のご飯。そのどれもが今の私にとっても子供と一緒に楽しめる食べ

物だ。

 子供がそれほどに好きな食べ物なのに親父はカレーが嫌いだった。母は私た

ち子供用のカレーをつくる鍋の横に父親用の肉鍋を用意していた。子供心にそ

ちらの鍋がすき焼きのように見えて、カレーよりも輝きを放っていたが、母親

は決して父親用の鍋を僕たち子供には食べさせてくれなかった。父親の食事

の好き嫌いはまだったようで、海のミルクと言われた牡蠣が嫌いだった。その

為、高校を出るまでに牡蠣を食べたことがなかった私が、浪人時代に初めて恐

る恐るだがカキフライを注文してみた。一口食べた後、ハンバーグの肉汁に

勝るとも劣らない牡蠣の汁が口の中に広まったことを昨日のように覚えて

いる。

 決して美しいと思えない捨て台詞調に元総理は言い捨てた。「そのデザ

イン(新国立競技場の)は生ガキのようで気持ち悪く、好きではなかった」

この元総理は何の因果かわからないが、大学の先輩でラグビーをやっていた

ようだ。自伝を読まれた方もおられるかと思うが、大学入学に関しても社会

にでて就職した際のエピソードもさわやかな感じのするものではなく、牡蠣

にあたったような苦々しい感じのするものだ。あれほどにおいしい牡蠣もタ

イミングを間違えれば猛毒にもなるもので、美しいものには棘があるのと同

じく、美味しいものには毒があるのだなと納得する。昔から彼の人は、知識

があるのかないのかわからない、礼も品も学もない言説を振りまく。もっと勉

強をすればよいのに、とかもっと本を読めばよいのにとか思うのだが、そんな

ことは彼にとってきっと取るに足らないことなのだろう。だからあの醜さが

今も強烈な力を放っている。牡蠣の猛毒のように。

 生ガキにレモン汁を少し絞ってかけて、ちゅるっと口に入れる。これだけ

でも生きててよかったと思うぐらいの幸せである。彼の人の捨て台詞になって

しまった生ガキが少し残念だとは思うが、彼の人は生ガキが嫌いなのだろう、

ということだけが救いである。

 牡蠣はRのつかない月には食べるものではないと世間で言われている。な

ので、本来の7月(JULYでRがつかない)は牡蠣にとっては出番のない月

なのだ。父親が牡蠣を嫌いだった理由は今もって不明だが、(こんど母に聞い

てみることにする)7月にそもそも牡蠣の話題をするのが牡蠣にとって迷惑な

ことかもしれない。

あの年齢になって、負け惜しみをあのような言葉で吐く輩が日本のある面のト

ップだとは。子供の悪ガキのような精神年齢である。あのような人には大人の

食事など似つかわしくなく、お子様ランチがぴったりな気がする。

 素晴らしい新国立競技場でオリンピックが開かれ、多くの選手の素晴らしい

プレー、パフオーマンスをビールと生ガキを食べながら見られることを本当に

楽しみにしている。
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2015年06月29日

梅雨の青空

 今日は梅雨の中休み。先週はほぼ一週間出張だったので、大阪で机に座るのは

4日ほどぶり。出張先でも雨がジトジトと降り続くどんよりの空。さらに悪い

ことに梅雨寒に引っかかり風邪をひく始末。仕事には大きく影響をしてしゃ

べり声は昔の森進一ばりの声。気の毒に思ってくれた受講生の一人がのど飴

をくれました。ゆっくりとなめて無事仕事は終了いたしました。

 今日は忘れていたような青空が広がっている。空中には雨のしぶきが何

やら残っているのかその陽射しも見た目ほどに強くはない。夏の突き刺す

陽射しまでにはまだ時間がありそう。この梅雨の中休みの青空が一番美し

いのは、私は沖縄なのでは、と思っている。旅行や仕事で沖縄には何度か

行ったことがある。梅雨の時期に沖縄には旅行はしないので、おそらく

この時期に仕事でいったのではと思っている。沖縄の梅雨の合間の青空

は、海の青を映したような間接的なものではなく、空自体が本来的に青

色を持っているのではないかと思うぐらいの強い青だ。それも抑揚のな

い一面に張りつめた青色をしている。残念なことに最近は梅雨時期の沖

縄の仕事はないが、いつかまた梅雨の中休みの沖縄の青空を見たいと思

っている。

 この青空をいつくしむ地の2大新聞がつぶれたほうが良いとの発言を

被っている。発言した人は立派な人だ。作家である。他の作家が同じ

発言をしたらこのような問題にはならなかっただろう、と仰られてい

る人だ。当り前だろう。他のどんな作家が新聞社をつぶしたら良い

と言うのだろうか?この作家はベストセラーの作品を次々と生み

出した。ゼロ戦やら石油会社の社長の物語など。作品はとても素晴

らしく思う。読んだわけではないが、新聞の書評を読み、ネットで

の反響にも目を通した。エンターテイメントでは素晴らしい才能を

持つ人なのだろう。これだけの範囲で活動すればよいのにと思うの

だが、如何せん政治的な発言が好きなように思える。もともと在阪

のテレビ局の作家だったかで、人が喜ぶコツを知っている(本人い

わく)らしい。確かに氏が担当していた番組はヒット番組だったら

しい。そんなエンターテイメントで才能あふれる作家なのだが・・・

 氏にはぜひ沖縄での青空を堪能していただきたい。素晴らしい青空

は一本の毛も残っていないスキンヘッドにきれいにその青さを投影

するだろう。エンターテイメントの世界の範囲内だけで素晴らしい

スキルを発揮してほしいと思うのだけれど・・・言論の自由、報道

の自由は他人を貶めることや、また揶揄することや、自分の思いを

すきなだけ言っても良いということではないだろう。そんなことは

小学生でも知っていると思うのだが・・・
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2015年04月09日

今年のさくら

 今日は4月9日。例年の春のさくら狂想曲が終わりかけのところに季節外れ

の雪が日本列島を覆った。ピンク色のさくらの花の上にはそれこそ綿菓子の

ような白い帽子が小さな山のように積もっている。小さな山も気まぐれな気

候で1日経てば消えてしまう。小さな帽子がなくなれば、いよいよ葉桜が桜

の花びらを追い出してしまう。葉桜の出現とともに新年度や新学期が動き

出した。

 晴れて我が家の末っ子の次男坊も新入生となった。仕事柄、企業の新

入社員の研修をいくつかの企業で行わせてもらっているが、初々しいと

いう言葉が感じられる。自分にもその頃があったのだと、ほんの少しは

昔を思い出したりする。次男坊は新高校生となり、電車通学を始めた。

中学には徒歩での通学だったのが、ある日から定期を携えた電車通学と

なった。彼にとっては定期を持つことだけでも大人の気分を味わったこ

とだろう。それに人生初の電車通学となる。最寄りの急行が停車する駅

まで自転車で約5分。急行電車に乗り学校の最寄駅まで約20分。駅からや

く10分の坂道を通う。次男がいく学校は縁があって、長男も通った学校

である。次男は長男の後を追うように、幼稚園、小学校、中学校、高校

と長男の後輩となる。これもまた親からしてみれば、クスッと、小さく

笑いたくなる出来事だ。まあ、家から近い学校が望ましかったのだが、

坂の上の学校に縁があったのだからこれからこの縁を大切にしていく

ことになる。

 坂の上の学校はほぼほぼ山に近いところにあり、これいな桜の花も

ある。学校のさくらも卒業生を追い出す華やかなピンク色が途絶えて

、力強い緑の葉桜が目をだし、不安と希望を持つ多くの新入生を迎え

てくれるだろう。むくむくと世間に存在を主張するたくましい緑の

芽吹が新しい生活を迎える若者に力を与えるものだと信じて止まない。
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2015年01月26日

55

 先月の日本経済新聞の私の履歴書の執筆が欣ちゃんこと萩本欣一さん。そして今

月がソフトバンクダイエーホークスの王貞治さん。ちょっと昔の人はご存じだろう

けれど、欣ちゃんがジローさんこと坂上二郎さんとコンビを組んだコント55号は、

プロ野球巨人軍時代に王貞治選手が作った55本塁打の55本から。プロ野球におけ

るテッペンの55本塁打に因んで自分たちもお笑い界のテッペンを目指そうとして

つけた芸名だ。プロ野球においてこの55本塁打の記録はまだ破られておらず、依

然にテッペンとなっている。また欣ちゃんこと萩本欣一さんは視聴率100%男と呼

ばれていた。テレビの番組のレギュラー4本で視聴率が100%を超えていたという。

この数字もまだまだテッペンを継続しているのではないか。

 この55という言葉、何だか馴染みを感じる。それというのもゴロがつけやす

いからで、ゴーゴー(55)などのオンは昔から使われている。(郷ひろみさんは

このフレーズの音を今でも自分の売りフレーズとしているよう)多少なりとも

気分が高揚してくる響きだ。

 昨日、私はこの55という数字を迎えた年齢となった。55歳。55歳と言えば立派

な大人である。少し前は55歳の年齢は定年の年齢で、もう社会には必要とされな

い記号の一つだった。詳しくは知らないが、55歳定年制の時代は寿命が60歳か

ら70歳ぐらいを前提にしていたと聞いた覚えがある。現在は寿命が当時より長

くなり約80歳となって、定年年齢の前提が大きく変わってしまった。また年金

財政の問題で早くに定年を迎えても年金が速やかにもらえなくなった。今は選

択制だったか60歳からもらえるらしいが、これも数年のうちにもっと年齢が引

き上げられるだろう。とすると必然的にもっと働く年数を増やさなければなら

ない。55歳は、以前では社会年齢のテッペンだったけれど、現在はこのてっぺ

んから尾根の稜線が続くようになっている。このてっぺんから続く稜線をこ

れからも歩いて行かなくてはならない。これからの進む道は、これまでのように

がむしゃらで、一喜一憂も多く、明日の様子を気にするようなことは極力抑え

て、踏み固めてきた道を少し穏やかで懐かしく感じるように心がけ、これから

の道では周りの景色を楽しむように、また少し眩しく感じるように尾根を歩い

ていければと思っている。

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2015年01月19日

19歳

 36年前か。私は東京新宿区の神田川を見下ろせる青線の名残のあるアパートの

2階の一室にいた。お風呂もなく共同トイレで、隣の部屋には新宿のお店で働いて

いるという女性が住んでいたらしい。正面の部屋には20代の男性が住んでいたと

いうが、顔を見たことはない。勿論隣に住んでいる女性と顔を合わせたこともな

い。大阪から大学で東京にでた私は誰も知り合いのいないアパートの一室に過

ごしていた。部屋の明かりは裸電球に傘をつけたもので、部屋はいつも仄暗かっ

た。2階の部屋にいる住人とたまに顔を合わせるのは、トイレであう若い男性だ

け。大家さんに聞けば、私と違う大学に通う学生だという。その人とも言葉を交

わしたことがない。ただ寝るだけの部屋だと言ってもよい。若さだけが悶々とし

て、ほぼ毎日、大学の授業には出ずに、サークルの先輩と飲んだり、アルバイト

をしたりして帰りは夜の12時を過ぎていた。アパートのまえの神田川の橋の上か

ら見上げた西新宿の高層ビルが真夜中でも光が消えることなく、別世界のように

見えた。その当時の19歳の大学生と言えば、ほぼ皆飲んだくれとアルバイトのよ

うな生活を送っていたのではないだろうか・・・

 彼は大学生ではなさそうだ。19歳男性。YOUTUBEに犯罪を思わせるよう

な動画を投稿して旅をしていた。この旅も逃避行をいうほどにはあまりにかけ離

れていて、単に自分の行先の風景を動画に乗せていたにすぎないように思える。

逃避行の資金はたった8万5千円だ。8万5千円で何日を過ごせると思ったのだろう

か。また8万5千円の先をどうするかには何も考えが至っていない。以前の女性英

会話講師殺害の犯人の逃走に比べるとあまりに穏やかで、ほんの爪の先ほども考

えておらず、幼稚というか、単なる家でレベルというか・・・それほどのものと

しか思えない。この旅が世間の注目を集めたのは、旅に出る前の動画がいたずら

にはしては度を越していて、食品に爪楊枝を混入させている動画や、万引きをし

ているかのような動画を載せていることだ。万引きは犯罪であり、購入していな

い商品に異物を混入させて商品棚に返却することも犯罪となるからだ。警察に捕

まった時は素直だったという。逃亡に疲れ果てたというわけではなかっただろう。

鬼ごっこで仲間外れにならないほどに自分を見つけてほしかったというぐらいか。

 捕まった彼にはこれから驚きが待っているのではないか。どういう驚きかとい

うと自分が他愛なくやったことへの社会の代償を突きつけられるからだ。彼は人

を殺してはいないし、大金をだまして奪ったわけでもない。それでも自分が考え

る以上の社会の罰則がまっているだろう。

 「ただ僕は面白おかしいと思った動画をネットに挙げただけだ。勝手に騒いで

いるのはそっちじゃないのか、と。単なる悪戯なんだ」

 若者に対しての社会性を浸透させる機会が希薄になっている。きっと自分の内

に逃げ込める手だてが以前にもまして増えているからだろう。その最大の手だて

はネットの世界だ。

 19歳。子供から大人への変遷期(インターフェイス)はいつの時代も危うく

感じる。
 
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2015年01月16日

フランスでのコーヒー

 お恥ずかしい話だが、私にはあまり趣味がない。ものぐさの極致と自分でも思って

いる。これといった趣味がないので、休みの日には何をしているかと言えば、読書か

散歩。ゴルフも山登りも一応するのだが、寒い日には年のせいか億劫になる。で、

残るは散歩となり、街中を散歩する。散歩はするが行った先でほぼ必ず休憩する。

その休憩場所となるのが、ヴィ・デ・フランスがという店だ。ここは、焼きたての

パンとコーヒーがテラスというほどではないが、店の外で楽しめる。私は寒い日

でも外にある椅子に座り、熱いコーヒーを飲む。フランスで飲むコーヒーは静か

なのだが・・・

 フランスが今騒々しい。世界を揺るがしているわけではないが、揺るがしそう

な可能性を含んでいる。理由は自由という権利が争点となっているからだ。殆ど

勉強しなかった大学時代だが、私の専攻は一応政治学で、フランス革命は勉強の

テーマとなった。自由・博愛・平等だったか。それがトリコロールの国旗に現れ

ている。自由というものが今改めて認識されているのだが。まあ厄介なものだ。

信仰の自由と表現の自由。真摯に信仰をする教祖を表現の自由で風刺画として描く。

この風刺というものがなかなかグレーである。人によれば揶揄とも取れるし、侮

蔑とも取れる。結局はこの見解の相違というか、ギャップが暴力まで発展したわ

けだ。ユーモアの範疇に収まらないと風刺された側は判断した。人類には、暴力に

訴えるのはよくないという正義があるのだが。これも世界では(国連では)軍による

行為(暴力)で世界を収めている事実がある。このように考えて行けば人の世は矛

盾ばかりだが・・・。

どのように収まっていくかが人類の知恵だろう。きっとこのようこと(テロ)は残念

だけれど歴史の中では一時的に収まるかかもしれないが、永久になくなりはしない

だろう。(だからと言ってテロを当り前だが肯定するわけではもちろんない)

殆ど力のない私に何かできる、と言うわけではないのだが。散歩の途中のフランス

を連想させる店で静かなコーヒーを飲みながら、一日もはやくフランスの騒動が静

まることに思いを馳せるしかない。
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2015年01月09日

明けましておめでとうございます。

皆さん、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いい

たします。
 皆さんはこのお休みをどのように過ごされましたでしょうか?今年の

休みは土日がうまく嵌って、9連休という方も多かったように思われます。

長い休みが良いとか悪いとかというのはないのですが、怠惰な私もさす

がに今年はちょっと長いな、と手に余った感じでした。休みを利用して

旅行に行かれた方々は、良かったかもしれません。我が家は例年のよう

に元日に親族が集まり、ご挨拶をするということで、穏やかなお正月で

した。ただ、例年と変わっていたのは、長男がフランスに留学していて、

不在だったことです。長男がもらったお年玉は留学費用でフランスに送

りましたが、円安であったことが少し残念でした。これから子供たちの

成長とともに、家族そろってのお正月を迎えることがやや難しくなって

いくかもしれません。寂しい感じもしますが、親としては嬉しいことです。

 皆さんは今年の抱負を掲げられたでしょうか?私は例年のごとく大した

抱負は掲げませんでした。ダイエットを設定したり、読む本の数を多くし

てみたり、早起きを決意したり、仕事の計画を決めたり、いろいろあるで

しょうけれど・・・。淡々と自分ができることを継続していくこと。私の

仕事の在り様では、何千万単位の見積もりの仕事をするのはなかなか難し

そうです。仕事の単価は少しでも上げていきたいけれど、無理をせずにし

ていくことが大事なのかな、と。一番下の子が中学3年生であるので、世の

中の親のごとく受験がうまくいきますように、ということが抱負というか、

新年の願い事です。神社にお参りすることは、今までの感謝をすることが

第一義だと何かで読みました。これは肝に銘じておかないと。今まではこ

れから先に欲張りなお願いばかりをしていまし。これは大いに反省。二礼

二拍一礼の際には、必ず今までの感謝を先に述べること。それからこれか

らのお願いを聞いてもらう事。この内容を間違えないこと、これを今年の

抱負にしていきたいと思っています。

 皆さまも恙なきよう、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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2014年09月08日

どんぶりマーク

 当時はそれを食べるのが若者の流行だった。日曜日夕方の視聴者参加番組

「ヤングOH!OH!」は関西では爆発的なヒットとなって、お土産にそれ

をもらってくることが憧れとなっていた。

「カップヌードル」。

言わずと知れたカップめんの先駆けである。カップヌードルの開発には驚く

べきぐらいの努力とひらめきがあった。これを知るには大阪府池田市にある

日清食品の記念館に行けばよい。即席めんも作ることができるし、企業の歴

史も理解できる。チキンラーメンの登場もカップヌードルやその他の日清食

品が世に出した商品の変遷を見ることができる。私自身も学生時代にはカッ

プヌードルには大変お世話になった。また会社員時代にもこの企業の仕事を

させていただき、苦しいことやつらいこともあったが、今では良い思い出で

ある。この企業のロゴマークがどんぶりである。このどんぶりのロゴマーク

が世界でまたまた注目を浴びている。

 この企業所属の日本人テニス選手が全米オープンで決勝進出を果たした。

錦織圭選手である。歴史的快挙だ。錦織選手は小学生の時から天才といわれ、

13歳の時テニス留学でアメリカに渡った。小学生の作文にも夢は世界チャン

ピオンになること、と書いてある。目標は小学生の時にすでに設定されてい

た。驚くというには陳腐すぎるだろうか?小学生の時から世界NO1を狙っ

ているから天才といわれるのだろう。ここまで来たのなら、是非優勝してほ

しいと願っているは私だけではないだろう。いや、この状況なら優勝しなけ

ればならないと思う。錦織圭選手はかのフエデラーが国際舞台に登場した時

からその才能を認めていたという。ならば錦織選手が23歳で4大タイトルの

決勝に進出するのは遅かったというべきなのではないか。どうだろうか?

 錦織選手のユニフオームの胸には真っ赤などんぶりマークが載せられてい

る。そのマークが洗練されているかどうかはさておき、どんぶりマークが錦

織選手を奮い立たしていると考えるのは滑稽だろうか?日本が生み出した世

界食品と共に錦織選手が世界NO1になることはテニス界では驚きをもたら

さない、ほどの茶飯事となってもらいたい。

 決勝は明日9日の早朝に行われる。朝ご飯としてのカップヌードルはこの年

(54歳)には少しヘビーな食である。
 
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